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中華街駐車場の3つの紋章に隠された横浜の歴史とは?

中華街駐車場の3つの紋章に隠された横浜の歴史とは?

ココがキニナル!

中華街の山下町公共駐車場の壁面の紋章が、関内の歴史的建造物やオフィスビルの紋章?模様?と似ている。駐車場と何も関係ない気がしますが、どのような意図でつけられたのでしょう?(1990dnさん)

はまれぽ調査結果!

紋章の謎を紐解くと、近代産業発展の歴史がよみがえってきた。人気観光スポット・中華街の駐車場にそのレプリカを掲げた設計者の胸中には、横浜のさらなる繁栄への願いが込められているようだ。

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ライター:結城靖博

神奈川県立歴史博物館の紋章の謎


 
一方、馬車道の一角に建つ「神奈川県立歴史博物館」。この1904(明治37)年に建てられた横浜最古の歴史的建造物は、かつて世界三大為替銀行の一つに数えられ、日本銀行と並ぶ国内最重要金融機関「横浜正金(しょうきん)銀行」本店だった。
その正面玄関上にシンボリックに飾られた紋章のデザインが意味するものは何か?

建物の内外に見られる建築芸術の魅力については、過去記事「【横浜の名建築】重要文化財 神奈川県歴史博物館」に詳しく紹介されているのでぜひご覧いただきたい。
その中でも触れられているが、正面玄関の紋章の中央に描かれた「9つの花弁」は、横浜正金銀行の社章(エンブレム)だった。
 
 

 
 

中華街駐車場の紋章
赤丸で囲った部分が、それ

 
だが、紋章全体の形状で印象深いのは、花弁を囲むメダリオン装飾のほうではないだろうか。メダリオン装飾には、やはり上部に2つの目玉があるように見えるし、中央の社章部分の膨らみも繭を連想させる。
この点について同博物館に問い合わせてみたが、紋章の形が横浜市開港記念会館のそれのように繭や蚕蛾を模したものであるかどうかは断定できないとのことだった。
「イメージがダブるなぁ・・・」という個人的感想にとどめておくしかないようだが、読者はどう感じるだろうか。

それにしても、この横浜正金銀行のかつての栄華も、すごいものだ。
その昔、関外から関内へ入るためには必ず通らなければならなかった馬車道。その中心にドンと構えた横浜正金銀行。次の絵葉書は、そんな往時の通りの賑わいをよく伝えている。
 

中華街駐車場の紋章
「横浜馬車道ヨリ正金銀行ヲ望ム」(横浜市中央図書館所蔵)
 
中華街駐車場の紋章
ほぼ上の絵葉書と同じ角度からとらえた現在の馬車道

 
赤丸で囲ったところに博物館があるが、すっかり周囲の建物に埋もれてしまっている。とはいえ週末ともなれば、通りの賑わいは今も変わらない。

 
中華街駐車場の紋章
「横浜開港五十年祭 正金銀行のイルミネーション」(横浜市中央図書館所蔵)

 
上の絵葉書は1909(明治42)年7月、開港50周年の祝賀ムードの中の正金銀行の景観。「めでたいときにはイルミネーション」という感覚は今も昔も変わらないようだ。

ついでにもう1枚、珍しい写真を紹介する。
 

中華街駐車場の紋章
馬車道を路面電車が走っている(横浜市中央図書館所蔵)

 
なぜこれが珍しいかというと、路面電車が走っていた時代を知る人から「馬車道には路面電車は走っていなかった」と聞いたことがあるからだ。ではこの電車は何だろう。
資料を調べてみると、路面電車開通初期の1911(明治44)年から1928(昭和3)年ごろまで、馬車道を正金銀行方面に向かって少しだけ走ってすぐ狭い住吉通りを右折し横浜公園へ向かう下り単線があったことがわかった。幻の羽衣町線だ。おそらく上の写真は、その当時をとらえた貴重な1枚だ。

いずれにせよ、そんな栄華を極めた横浜正金銀行も、やはり関東大震災では業火に包まれる。
 

中華街駐車場の紋章
「横浜正金銀行猛火に包まれたる実況」(横浜市中央図書館所蔵)

 
震災で焼失したのは1階から3階までの内装と、建物の象徴である屋上のドームだった。
震災後まもなく復旧した同銀行は、その後も戦時金融の中核を担い、戦後は普通銀行に改組され東京銀行横浜支店に引き継がれる。
しかし、屋上ドームが復元されるのは1967(昭和42)年のこと。その数年前に東京銀行横浜支店を神奈川県が買収し、屋上ドームがよみがえり、神奈川県立博物館(のちの神奈川県立歴史博物館)が開館し、現在に至る。

近代日本の資本主義発展に重要なポストを占めた生糸産業。そして、そこで潤った資金を海外との対等な取引に生かすため欠かせなかった金融機関。いわば、横浜商人の心臓部だった「開港記念横浜会館」と「横浜正金銀行」は、車の両輪のような関係だったと言えるだろう。
 
 
 

第三の装飾、綜通横浜ビルの紋様の謎


 
3つのうちの2つの関連性はわかった。では、最後に残る3つ目の装飾、綜通横浜ビルの紋様には、どんな謎が隠されているのか。

本町通りをはさんで横浜市開港記念会館と向き合うように建つ「綜通横浜ビル」。実は、このビルはもともと「江商(ごうしょう)」という商社のものだった。

江商の創業は1891(明治24)年。戦後は経済の浮き沈みにもまれ、やがて現在の総合商社「兼松」に合併されることになるが、かつては伊藤忠や丸紅と並び称される「関西五綿(かんさんごめん)」の一つに数えられた日本を代表する繊維商社だった。

その江商の横浜支店として1930(昭和5)年に竣工したのが、おおもとのビルだ。
 

中華街駐車場の紋章
ビル1階の壁面には歴史を伝える解説板パネルがある

 
ビルは老朽化にともない1995(平成7)年に建て替えられ、その際、貴重なテラコッタ装飾のファサードが保存されることになった。
元のビルは4階建て。建て替えられたビルは10階建て。保存方法は、4階部分までのテラコッタ装飾の壁面を、ビル本体の壁面から少し離して覆う、というもの。
 

中華街駐車場の紋章
左側がビル本体。右側がテラコッタのファサード部分
 
中華街駐車場の紋章
ビル1階の玄関前から上を見上げるとこんな感じ

 
耐震・耐火性など現在の建築基準を満たしつつ、歴史的遺産を残すための苦肉の策だったのだろう。おかげで、本町通りの向かいから眺めれば、かつての面影を今でも目にすることができる。

ところでこのテラコッタ装飾の、菱形をいくつも重ねたような紋様は何に由来するのか。
 

中華街駐車場の紋章
ひょっとしてこれは「江商」の社章では?


そんな疑問を抱いて、兼松株式会社の広報に問い合わせてみたが、かつての江商の社章は「ОにМ」だったそうだ。意味は江商の発祥である近江の「O」と商人(Merchant)の「М」。
一方、兼松の社章は「◇(ダイヤマーク)」で、創業以来使用しているそうだ。「おっ、これは!」と思ったものの、兼松と江商の合併は1967(昭和42)年。江商の旧ビルが建ったのは1930(昭和5)年。つまりは、「全然関係ないのでは」とのご指摘だった。
 
 
 

取材を終えて


 
結論。
中華街の旧・山下町公共駐車場の3つの紋章の正体は、
(1) 生糸産業を中心に栄えた近代の横浜商人たちの象徴である「開港記念横浜会館」の紋章
(2) 当時の生糸産業の隆盛を代表する商社だった「江商」のファサード装飾
という2つを左右に配し、中央にそれら商人の経済を支える金融の雄、「横浜正金銀行」の紋章を鎮座させた姿だったのだ。

生糸商人と貿易商とを両翼に金融の要を配した中華街駐車場の設計者のセンスは、なかなかのものではないだろうか。経済成長の歴史的象徴をさりげなく掲げながら、横浜のさらなる発展への願いを潜ませるなんて。
 
 
―終わり—
 
 
取材協力
公益財団法人横浜市建築助成公社
住所/横浜市神奈川区栄町8-1 ヨコハマポートサイドビル
電話/045-461-3800
http://www.jyoseikousya.jp/

横浜市開港記念会館
住所/横浜市中区本町1-6
電話/045-201-0708
https://www.city.yokohama.lg.jp/naka/madoguchi-shisetsu/riyoshisetsu/kaikokinenkaikan/oshirase.html

神奈川県立歴史博物館
住所/浜市中区南仲通5-60
電話/045-201-0926
http://ch.kanagawa-museum.jp/

兼松株式会社
http://www.kanematsu.co.jp/company/

横浜市中央図書館
住所/横浜市西区老松町1
電話/045-262-0050
開館時間/火~金9:30~20:30、その他9:30~17:00
https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/kyodo-manabi/library/tshokan/central/

参考資料
『横浜経済物語』横浜商工会議所百年史編集室編著、神奈川新聞社発行(1980年4月刊)
『ヨコハマ建築・都市物語』吉田銅一・久我万里子著、丸善発行(1995年9月刊)
『横浜150年の歴史と現在』横浜開港資料館・読売新聞東京本社横浜支局編、明石書店発行(2010年5月刊)
『横浜市電が走った街 今昔』長谷川弘和著、JTB発行(2001年10月刊)

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