創業62年、横浜・石川町「純喫茶モデル」老舗喫茶が若者の聖地となった軌跡

ココがキニナル!
2011年と2018年に取材をさせていただいた「純喫茶モデル」あれから8年、2026年現在はどうなっている?新はまれぽ編集部のキニナル
はまれぽ調査結果!
「もう、やめちゃおうか」から始まった再起。純喫茶モデル、若者の聖地へ!創業から内装、メニュー、スタッフまで62年、今も変わらずに営業しています。
ライター:新はまれぽ編集部
1. はじめに:変わりゆく石川町と、揺るがぬ「純喫茶モデル」の存在感

横浜・石川町。
元町ショッピングストリートの華やかな賑わいと、寿町方面へと続くどこか土着的な生活感が交差するこの界隈で、62年という歳月を静かに、しかし確かな体温を持って刻み続けてきた場所があります。
「純喫茶モデル」です。
パーテーションは本物のレンガで作られた壁、イタリアから直輸入したひまわりのテーブル、そして染み付いたコーヒーの香りがします。
重厚な扉を開けた瞬間に肌を撫でる空気は、単なる”昭和レトロ”という言葉では形容しきれない、長い年月がにじむような空気があります。
窓の外では建物の解体と建設が繰り返され、街の様相が目まぐるしく変わる中で、この店だけは”日常”という名の普遍を貫いてきたのです。
店主たちが守り続けてきたのは、かつての賑わいへの固執ではなく、当たり前のことを当たり前に続けるという誇りでしょう。
その飾り気のない日常が、現代の若者たちの価値観と不思議な共鳴を起こし、新たな文化の拠点として再定義されようとしています。
しかし、この凪のような平穏に辿り着く前には、店を畳む瀬戸際まで追い込まれた、静かな、けれど深い絶望の淵がありました。
2. 存続の危機を越えて:母の死とコロナ禍、そして決断
「純喫茶モデル」にとって、2019年から2020年にかけては創業以来、いちばん大きな節目でした。
「何度も、もうやめちゃおうかって話し合ったんだよ」
そう言って話し始めたのは今回取材に応じてくれたみどりさん。

お茶目にピースしてくれたみどりさん
危機の背景:母という支柱の喪失
2019年、店の象徴であった先代の母・雪江さんが94歳で他界されたのです。
店を切り盛りしてきたみどりさんらにとって、母の不在は単なる人手不足ではありませんでした。
「母がやっていたから続けていた店を、母がいなくなってまで続ける意味があるのか」
その喪失感と虚脱感は深く、みどりさんらは本気で廃業を決意していました。
追い打ちをかけるコロナ禍と諦め
そこへ襲いかかったのが、未知のウイルスによるパンデミックです。
ダイヤモンド・プリンセス号のニュースに怯え、3ヶ月の休業を余儀なくされました。
再開後も客足は途絶え、営業時間を17時から15時へと切り上げざるを得ない日々でした。
かつての常連客たちも姿を消し、誰もいない店内で「もう、やめちゃおうか」という言葉が何度も三きょうだいの間で交わされたのです。
2階にあった卓さんの絵を飾るギャラリーも、廃業を見越して片付けられました。

店内にある、卓さんの絵
「アド街」が繋ぎ止めた、最後の糸
そんな「諦め」の空気が満ちていた2020年、一つの転機が訪れます。
テレビ番組「出没!アド街ック天国」からの10年ぶりの出演依頼です。
当初は「どうせやめるつもりなのだから」と一度は断ろうとしました。
しかし「それでもいい」と声がかかり取材を受けたのです。
その偶然の露出が、店と社会を再び結びつける劇的な「縁」となりました。
放映をきっかけに、意図せぬ形での再起が始まりです。
3. 聖地の誕生:SNSが運んだ新しい客層

Instagramより
再開後の「純喫茶モデル」を待っていたのは、かつての光景とは客層ががらりと変わったのです。
常連客から若者へ、価値の発見
コロナ禍を経て常連客が遠のく一方で、SNSという海を越えて訪れるようになったのが、昭和を知らない若者たちでした。
彼らにとって、この店は古臭い場所ではなく、圧倒的なオリジナリティを持つ聖地として映ったのです。
若者たちが店内を見渡し、感嘆の声を漏らす「やばい」という言葉に、
当初みどりさんらはその真意を測りかねていましたが、今ではそれを最高の称賛として受け止めています。
ミニスカートの若者が、自分たちの知らない時代の意匠に目を輝かせていました。
そんな姿を見つめるみどりさんの眼差しは、慈愛に満ちています。
「今の若い子、足が綺麗ねぇ。
でも、寒くないのかしらって心配になっちゃうの」
そんな少しお節介で温かいみどりさんの視線こそが、殺伐とした現代を生きる若者たちにとって、実家のような安心感につながっているのかもしれません。
喫茶店を超えて撮影や記念日の舞台にも
今や「純喫茶モデル」は、単にコーヒーを飲む場ではありません。
ミュージックビデオの撮影や、ウェディングフォトのロケーションとしての需要も絶えません。
昭和の面影が色濃い空間で、人生の門出を記録します。
公式WebサイトもSNSもやっていない純喫茶モデルですが、お客さんがSNSで発信することにより、店の価値を多角的に拡張させ、かつて誰も想像しなかった聖地の形成に繋がっているのです。
4. 継承される空間美:変わらない内装と味と13個の看板の真実

「純喫茶モデル」がこれほどまでに人を惹きつけるのは、時間の積み重ねがもたらす物理的な空間の強さにあります。
こだわりの内装
「なにも壊れていないし、なにも変えていない」と言い切ったみどりさん。
本物のレンガを使用したパーテーション、イタリアから直輸入したひまわりのテーブル。
それだけでなく天井や壁、照明まで全て内装は当時のまんまだそうです。
さらに外にあるコカ・コーラの看板は50年以上前のもので当時の色彩を保っています。
不変であることは、時に革新よりも難しいです。
タマゴサンド

純喫茶モデル名物のタマゴサンド
一般的にタマゴサンドと聞いたらスライスしたゆで卵が入っていると連想するのではないでしょうか?
しかし純喫茶モデルは創業当時から厚焼きのタマゴサンドで、当時は珍しいと言われていました。
ふわふわパンにバター香る温かい厚焼き卵、マヨネーズ、レタス、きゅうりが入っていてシンプルで優しい味わい。
この味は、かつての従業員だったバーテンダーさんから教わったもので、今も変わらず提供され続けています。
13個の看板を巡るユーモラスな誤解

以前は窓際にある鉢植えにも「モデル」と書かれていた
記者が「13個ある看板について~...」と話し始めた瞬間、みどりさんが「それ!あなたたちの記事で言っていたの!?」と驚いた顔を見せました。
この店の象徴として語り草になっている13個の看板伝説です。
わざわざ数えに来るお客さんもいたのだとか...
かつての取材で記者が数え上げた数字ですが、その真相には微笑ましい裏話がありました。
実は、入り口に並べた鉢植えが盗まれるのを防ぐため、盗難防止用に「モデル」という名前を鉢に書いたのが発端でした。
「名前を書いておけば持っていかないだろう」というささやかな自衛策を、記者が看板としてカウントしてしまったのです。
みどりさん自身も「そんなにあったかしら」と驚いたというこの伝説も、今では「また看板を増やそうかな」と笑うみどりさんの茶目っ気とともに、店の愛すべき個性となっています。
ちなみに看板は10個(うち、今でも活躍しているのは8個ほど)です。
それでも存在感は十分です。

2018年の取材で看板と言われていた店内看板の現在
これについても「店内にあるものでも看板というのかしら...」と悩んでいました。
5. 家族の絆とこれからの「純喫茶モデル」:細く、長く、楽しく

左:卓さん 中央:みどりさん 右:洋子さん
現在「純喫茶モデル」を切り盛りしているのは、キッチンと電話対応するみどりさん、レジと接客を担当する洋子さん、そして仕込みを支える卓さん、の三きょうだいです。
生存確認という名の共生
それぞれが役割を分担し、絶妙な連携を見せます。
外部の人間を一切入れないのは、この店が彼らにとっての日常であり、他人が入ることで壊れてしまう空気を知っているからです。
「ここで毎日顔を合わせることが、お互いの生存確認なのよ」と笑う三きょうだい。
時に喧嘩をしても、翌日にはケロっとしています。
その血の通った、背伸びをしない関係性が、店全体の安定感を生んでいます。
未来への展望:たらたら続く、という強さ
記者の「70周年を目指して欲しいです!」という願いに
「うーん、どうかなー。もうみんな歳だからね」と笑いつつも
「できるところまで、たらたらとやりたい。せめて週2休みにしようかしら!」
と明るく答えてくださったみどりさん。
その言葉に、気負いはありません。
人気店になろうと無理をするのではなく、自分たちが楽しめる範囲で、細く長く続けていきます。
これこそが、激動の時代を生き抜いてきた老舗がたどり着いた、持続可能性の極致と言えるでしょう。
横浜・石川町に佇む「純喫茶モデル」は、単なる歴史の保存先ではありません。
変わりゆく都市の中で、人々の記憶を繋ぎ止め、新たな世代の感性と出会い続ける、永遠に現在進行形の居場所なのです。

ー終わりー
取材協力:純喫茶モデル
〒231-0024
神奈川県横浜市中区吉浜町1ー7 房州ビル1F
TEL:045-681-3636
営業時間:10時30分~15時
定休日:水曜日(雪や台風など悪天候の場合、予告なしに休業いたします)
※現金決済のみ
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