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横浜で最も老舗の店ってどこ?

ココがキニナル!

横浜で最も老舗の店ってどこでしょうか。(hondairieさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

創業当時から同じ場所で営業している一番の老舗は、日吉の「天野工務店」。そして関内の「泉平」、戸塚の「中屋」が続く。

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ライター:吉岡 まちこ

関内・馬車道のいなり寿司「泉平」は1839

天野工務店に続く老舗はないか探したところ、馬車道のいなり寿司店「泉平(いずへい)」が古いらしいと判明。百貨店にも出店している有名店だが、創業1839年(天保10年)というと坂本龍馬が3歳の頃!
 


関内駅のすぐ近くにある「泉平」馬車道本店。食品関係ではもっとも老舗


創業者・泉屋平左衛門さんは、札差(金融業)をしながら、川の土手の葦簀(よしず)張りの店で江戸前寿司を握り、開港当時には2代目がこの場所で(正確には数軒近所)いなり寿司を売るようになったとか。

夜に注文が500個入っているからと、店先ですっごいスピードでいなり寿司を作っていたのは、職人ぽく粋な鈴木店長。
 


40年作り続けている鈴木店長。かんぴょう巻きもあっという間!


ここのいなり寿司は、開港当時から細長い形が特徴。そして引き継がれた甘く濃い目の味が妙にあとをひく感じ。これが昼の分も合わせると一日に2000個売れる!! 夜中も店を閉めた後、交代した職人が作り続けているそうだ。
 


夜の弁当用に積まれていく、長~いいなり寿司


「長年のファンの方は味にうるさいですよ。今日はご飯が硬いとかね」と、時々手を止めて早口で語ってくれる鈴木店長。「12時間、食事以外は座ることはないですね~」。「撮影用にいる?」と手際良く一瞬で作ってくださったのがこれ。
 


150年以上続く味。人気の「まぜパック」720円。1本売りもある
 

住友グループと同じ井桁のマーク!


大名相手の札差の仕事で住友家にも出入りし気に入られ、マークの使用も許された。伊勢佐木町が浅草六区ぐらい賑わった大正期は行列だったそうだ。食べてみると、なぜ愛され続けているかわかると思う。


戸塚宿の和菓子店「中屋菓子舗」は、1849年創業



老舗と言えば旧宿場町にもあるのではないかと探してみた。すると筆者念願の和菓子店があった! 天野建設よりも15年、泉平より10年後だが、戸塚の「中屋菓子舗」の創業が1849年(嘉永2年)と判明。

 

戸塚の再開発で、蔵のある旧家から昨年ビルになった「中屋菓子舗」


訪ねてみたら、7代目の星野代表はまだ40代のお母さん!3年前にご両親を立て続けに亡くしたが、小さい頃からの見様見まねで上生菓子も作れるそうだ。店は、先代が体調を崩してから急きょ製菓学校に通った星野代表の長男とお嫁さんも手伝って家族で頑張っている。
 


右が照れ笑いの星野代表で、左は息子さんのお嫁さん


大変な時に再開発の話も重なり、「ひぃおじぃちゃんよりもっと前の時代からあった大八車や天秤も興味がなくてみんな人にあげちゃって」と、のれんの重さはどこに…。ちなみに1枚目の写真も本当はのれんが掛るそうだが、今日は「クリーニング中で(笑)」。

東海道を歩く歴史の会の人に「これだけは大切に取っておきなさい」と言われたのが、明治27年の菓子小売営業の免許鑑札だ。
 

明治時代の免許鑑札の木札は名刺よりちょっと大きいぐらい


でも老舗を継ぐ気持ちを聞くと、「それはもうすごいプレッシャーですよ…。古いお客さんにお父さんは違ったと言われたり。歴史的なことももっと聞いておけばよかったって思います」と急に神妙に。
 


ポップな感じ。若いお客さんも増えてきたらしい


藤沢に業務用のあんこを作る工場があり、そこに秘伝の配合で頼むそうだ。中屋では小豆の皮をむく。そういう秘伝をまとめ代々引き継がれてきた帳面は、当たり前だけれど撮影禁止。門外不出の財産だ。
 


最中の皮のパリパリ感と、あんこにこだわり!(最中120円、上用まんじゅう100円)
 

おじいちゃんから貰った本をもとにアレンジした上生菓子(180円)


どれもさすがにしっかりと美味しくて、ぜひ何代先までも続いて欲しいと思った。


取材を終えて



天野工務店の立地のことで横浜歴史博物館に電話をした際に「横浜の老舗は?」と聞いたところ、研究したことはないが「金沢八景の料亭“千代本”さんが古いと聞く」と教わった。
 


1800年代初頭創業の「千代本」


金沢八景が物見遊山でにぎわった文化文政(1800年代の初頭)の頃からあるらしく、「もしかしてここが横浜一番の老舗?」と思うが、現在、店主の体調が良くないようで店を閉じており「歴史も本人しかわからない」と、何も聞けなかった。
他にも口伝で伝わる横浜一の老舗情報があれば、ぜひ教えていただきたい。


― 終わり ―
 

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  • 先のコメントにもあるとおり、開港以前はそもそも東海道からもはずれ(今の横浜の中心街)、それ以前は単に砂浜が広がるだけの土地だったはず。だから内陸の東海道沿いとかのほうが賑わっていたであろうことは想像に難くない。それ以前になると、城下町であった小田原とかのほうが遙かに人も集まっていたのでは。因みにもっと前だと、鎌倉の避暑地だった金沢とかのほうが、ある意味開けてたと思うよ。

  • 天野工務店さんからコメントが。しっかりしていらっしゃいますね!流石、老舗。頑張ってください。千代本に関しては、ホームページがあるわけでもなくとても謎めいていますね。10年前くらいでしょうか、ハットをかぶり、ステッキを持ったおじいさんが車で千代本をあとにして行った光景を覚えています。雰囲気からして一般人ではなさそうでした。あぁ千代本、気になります。ご主人の体調の回復を望みます。

  • 横浜って幕末から明治にかけて開けたイメージがあるから、老舗が少ないのも納得できる気がする。

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