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ココがキニナル!

5月11日に4年かけて修復が完了した初代周ピアノが横浜山手中華学校に帰郷すると聞きました。中華街と周ピアノの歴史が気になります。(toyoko-さんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

周ピアノ創業者、周莜生は中華街にピアノ販売店を構え、関東大震災で亡くなり、二代目・周譲傑が引き継ぐが空襲によって工場が焼失した

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2014年06月27日

ライター:ほしば あずみ

震災の悲劇を経て二代目へ

1923(大正12)年9月1日の関東大震災で、横浜は壊滅的な被害を受ける。古いレンガ造りの建物が密集していた中華街の被害も甚大で、周ピアノのあった建物も瓦解、焼失。周莜生は金床(作業台)に足を挟まれてしまった。隣家のソーセージ屋さんの主人が、周夫人である李翠玉(りすいぎょく)の「助けて、足を切って」と泣き叫ぶ声を聞きつけて近づくと、周莜生は夫人に向かって「自分は観念した。構わず去って、子どもたちと後のことを頼む」と伝えていたという。
周莜生は、次男と従業員らと共に命を落とす。享年46歳だった。

 

山下町本町通り周辺の被害の様子(『横浜市中央図書館《関東大震災》を調べる。』より)
 

震災後の混乱で流言飛語が飛びかい、生き残った中国人の多くは横浜を後にし神戸、大阪、また故郷の広東や上海へ避難していった。李翠玉夫人はじめ周家の人々も上海へ向かったが、幸いなことに、南区堀ノ内にあったピアノ工場は無事だった。
1924(大正13)年、李翠玉夫人は娘婿と職人たちと共に来日してピアノ製造を再開させる。

 

ピアノの上蓋を開けると現れる「S.CHEW」のロゴ
 

のちに周ピアノの二代目となる周莜生の長男・周譲傑(しゅうじょうけつ)は当時まだ山手町のセント・ジョセフ・カレッジに通う高校生だった。そのため、譲傑が正式な二代目となるまでの間の7年間は、李翠玉と娘婿が経営をしていたということが、最近の研究でわかってきたという。
実は、横浜開港資料館に寄贈された周ピアノはその初代と二代目の間の、いわば1.5代ともいえる時期に製造されたものだったことが、使われている部品などからわかった。この時期の周ピアノは現在までに4台が確認されている。

周譲傑が周ピアノを継いで5年ほど経ち、「S.CHEW & SON」というメーカーロゴを1934(昭和9)年ごろから用いるようになる。これまで「二代目周ピアノ」と通称されてきたものである。

 

周譲傑氏(左端)とその家族 (1942<昭和17>年 周斐宸氏所蔵)
 

それから時は流れ、太平洋戦争末期の1945(昭和20)年4月15日夜。5月の横浜大空襲の約1ヶ月前に周ピアノのあった堀ノ内一帯はB29の空襲を受け、工場は焼失する。

家族の多くは箱根の宮城野に疎開していたが、そこで周譲傑は憲兵に連行されてしまう。セント・ジョセフ卒で英語が堪能だったことや、海外出張が多かったこと、短波ラジオを聞いていたことなどからスパイ容疑がかけられ、終戦で戻ってきた時には拷問と栄養失調でやせ細り、肝臓ガンも発症していた。

周譲傑は、病んだ体のまま、家族を支えるために箱根で進駐軍向けの土産物屋をはじめたものの、翌1946(昭和21)年、他界。満35歳の若さだった。
その後、周家は中華街に移ったもののピアノ製造を再開することはなく、周ピアノ再興はされなかった。



ピアノをめぐるストーリー

二代あわせて400台近く製造されたのではないかと考えられるが、「2013(平成25)年12月末までで、周ピアノは初代の『S.CHEW』が14台、二代目の『S.CHEW & SON』が5台、合計19台が確認されています」と伊藤さん。
この年は関東大震災で周莜生が亡くなって90年、また、周ピアノの調査をはじめて10年という節目の年でもあった。

 

最初に確認された『S.CHEW』のピアノ(「製造元祖横浜風琴洋琴ものがたり」
2004(平成16)年横浜市歴史博物館・横浜開港資料館編集)
 

「周ピアノの調査をはじめて、『S.CHEW & SON』のピアノは周家のご子孫が所有されていたこと、中華街の老舗・萬珍楼にあったものも確認できたのですが、初代が製造した震災前の『S.CHEW』が、震災や空襲、戦後の混乱を経てなお現存していたということは驚きでした」と語る伊藤さん。

 

所蔵していた第13代書上文左衛門(「製造元祖横浜風琴洋琴ものがたり」
2004(平成16)年横浜市歴史博物館・横浜開港資料館編集)
 

伊藤さんが調査をはじめてまもなく、最初に発見した『S.CHEW』のピアノは、群馬県桐生市にあった。もともとの所有者は明治期に絹織物の輸出を中心とした貿易で財を成していた桐生随一の豪商、第13代書上文左衛門(かきあげぶんざえもん)が娘のために買ったピアノ。上海にも書上文左衛門の絹織物輸出の拠点があったことが、周ピアノ購入につながったのかもしれない。横浜と桐生を結ぶ絹の道を、周ピアノが運ばれていき、震災も戦火もまぬがれ今に伝わっている。

「最初に現物を見に行って、ピアノの上蓋をあけ、三つの音叉が重なった周ピアノのシンボルマークを見た時には感動で震えるような気持ちだった」という伊藤さん。
その後、各地で次々発見される周ピアノには、その1台ごとにピアノのめぐる人々の物語があることに思いが至る。周ピアノを作った人たち、周ピアノを持っていた人たちそれぞれのストーリーを追いかけたいと思うようになったそうだ。

 

周ピアノと小田野豊子 (1933年頃 松尾典子氏所蔵)
 

横浜開港資料館に寄贈された周ピアノは、相模原市の松尾典子さん(69)が母、豊子(旧姓:小野田)さんから譲り受けたもの。東京音楽学校(現東京藝術大学)受験を控えた豊子さんのために父(松尾さんの母方の祖父)が購入したものだった。

当時の日記に、1933(昭和8)年、中古品で割引価格440円、さらに下取り150円を引いた290円を支払った記録が残っている。
そのころ、新品の周ピアノは900円くらいだった(当時、大卒国家公務員の初任給は75円程度)。
ピアノを購入した祖父は元熊本藩士で、当時も細川家に仕えており、自宅も細川家の下屋敷の敷地内(現在の東京都文京区、新江戸川公園付近)にあったという。

 

横浜開港資料館に寄贈された際の内覧会には周家のみなさんも集まった。
カーテン横に立つ女性が松尾さん
 

周ピアノは絶えてしまったが、周譲傑の四男・周斐宸(ひしん)さん、その娘・川本麻樹さんは共にピアノ調律師として活躍している。
内覧会では、前出の家族写真では母親に抱かれていた次女の淑雯(しゅくぶん)さん(72)が、寄贈された周ピアノで「トルコ行進曲」などを演奏した。周ピアノが製造された当時の日本国内の製造技術はドイツ系であったが、周ピアノはイギリス系の製造技術で作られており、その特徴であるさわやかで軽やかな音色は90年の時を経て今なお変わらない。
演奏の様子を撮影した映像は29日までの展示期間中、展示室で流されている。



取材を終えて

関東大震災、戦災という悲劇で終焉を迎えた周ピアノ。現存が確認されるのは19台。それぞれに持ち主の人生の伴侶としての物語があるという伊藤さん。
「まだ見つかっていない周ピアノがあるかもしれません。今後も調査を続けて、周ピアノを巡る人々の歴史を辿っていきたいです」と語ってくれた。
「幻のピアノ」は、まだどこかに眠っているのだろうか。そこにどんな物語があるのか、新発見を心待ちにしたい。


―終わり―


取材協力
横浜開港資料館
http://www.kaikou.city.yokohama.jp/index.htm
 

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コメントする
  • 我が家(岡山県鏡野町)にも祖母が使っていたS.CHEWのロゴマークのピアノがあります。祖母は大正~昭和(戦前)に音楽教師をしていました。山梨県立第二高等女学校の音楽教師をしていた時、関東大震災にあっています。ピアノは東京で音楽学校に通っていた時か、山梨の教師時代に購入したものと思われます。その後地元の岡山県に戻り高等女学校の教師をしましたが転勤の度にピアノを運ぶのは大変だったと言っておりました。昨日(2016年2月14日)フジTV(8)系列で「日本のヴァイオリン王~鈴木政吉物語」を放映していましたが、MANUFACTURED BY MASAKICHI SUZUKI MADE IN NIPPONと中にシールのあるヴァイオリンもありこれも同じ頃購入したものでしょうか。

  • 中華街の別の一面が見れて、とても為になりました。まともや戦争という人間が善悪の判断を止めてしまう状況の中で起きた悲劇を確認したような気がします。

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