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銀座や浅草で有名な老舗百貨店「松屋」は横浜発祥って本当?(後編)

ココがキニナル!

銀座の松屋が昔、石川町付近にあったらしいのですが面影は?(yokkoさん)松屋が、単に伊勢佐木町にも有ったし戦前吉田橋のたもとにあったが位置関係がわからない(ushinさん)

はまれぽ調査結果!

吉田橋の松屋呉服店は戦後の長期接収により閉店。横浜支店は伊勢佐木町へ移るもオイルショックの影響から1976年に閉店し、横浜から姿を消した

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ライター:永田 ミナミ

戦後の松屋



横浜も5月25日に大空襲があったが、横浜の店舗に被害は出なかった。しかしそのため、戦後すぐの8月30日、吉田橋松屋呉服店は進駐軍に全館接収されることになる。伊勢佐木町松屋呉服店も一部接収となり、翌1946(昭和21)年3月25日に全館接収となった。
 


「横濱松屋」の横に「YOKOHAMA PX」の看板が設置された接収中の横浜支店
(提供:株式会社松屋)

 
そこで、1946(昭和21)年11月1日、伊勢佐木町6丁目の阪東橋に松屋呉服店横浜支店を開店。同日、真砂町にも仮営業所を開設した。その後、1949(昭和24)年に馬車道のオリンピック・ビル1階への横浜支店移転にともない阪東橋店と真砂町仮営業所は閉鎖。ただし阪東橋店は1950(昭和25)年5月に「横浜分店」として再開店した。
 


このあたりのやや複雑な展開は年表2のこのあたりをご覧ください *クリックで拡大

 
その後、1952(昭和27)年5月に接収されていた伊勢佐木町店舗の1階が返還。翌1953(昭和28)年には全館接収解除となり、改修工事を終え、10月15日に開業した。このために、馬車道オリンピック・ビルの店舗と阪東橋の横浜分店は閉鎖された。


阪東橋の松屋は戦後の横浜において重要な役割を果たした(提供:株式会社松屋)


一方で、吉田橋の松屋店舗の接収は10年にも及び、1955(昭和30)年11月にようやく解除となったが、接収が長期に及んだことと、本店である銀座松屋の立て直しと拡充に注力するため、1957(昭和32)年、売却されることとなった。
 


1944(昭和19)年の「暫時閉店」という言葉が切なく響く閉店である(提供:株式会社松屋)

 


横浜から松屋が消える



横浜では伊勢佐木町のみとなった松屋呉服店だが、1956(昭和31)年と1958(昭和33)年に拡張工事が行なわれ、店舗の拡充が図られた。
 


福富町側の通りまで敷地を拡張して店舗が増築された(提供:株式会社松屋)
 

福富町側から見た伊勢佐木町松屋横浜支店(提供:株式会社松屋)

 
ちなみに、吉田橋店舗が開業したころには既に「呉服店」から「百貨店」へと成長していた松屋だが、1948(昭和23)年に社名も「株式会社松屋」に変更し、名実ともに百貨店となる。

その後、戦後の好景気のなか、東京では銀座と浅草、横浜では伊勢佐木町で「松屋」は順調に営業を続けていた。しかし、1973(昭和48)年、原油価格高騰によるオイルショックにより、経営難に陥った松屋は、再建をはかるため、横浜支店を手放す決断を下す。

そして1976(昭和51)年、伊勢佐木町の松屋横浜支店は閉店。1869(明治2)年から続いた「鶴屋」そして「松屋」の横浜での歴史は幕を降ろしたのであった。

松屋の店舗は、1977(昭和52)年に隣接する横浜松坂屋の西館として開業。
 


その後、1995年に閉店し、2000年にJRAエクセル伊勢佐木として開業し今日に至る
 

創業の地である亀の橋たもとの鶴屋呉服店跡は
 

公園として整備され、昭和40年代ごろまでこのような碑が建てられていた
(提供:株式会社松屋)

 


取材を終えて

「鶴屋呉服店」から「松屋」に至る歴史は、関東大震災や太平洋戦争を含む近代史と重なるものであり、いくつもの困難を、的確な判断にもとづいて動いたことで、今日もなお歴史を刻み続けているのであろう。
 


2013(平成25)年にグランドリニューアルした松屋銀座(提供:株式会社松屋)
 

2012(平成24)年に1931(昭和6)年創業時の外観が蘇った松屋浅草(提供:株式会社松屋)

 
発祥の地である横浜から去ってしまったのは残念だが、銀座や浅草を歩くとき、この「松屋」は横浜からやってきたのだと思って見上げてみると、いつもと少し違って見えるかもしれない。
 


松屋広報の名倉さんと昭和28年入社の佐柳さん、ご協力ありがとうございました

 
ちなみに投稿に「福富町のGMビルは銀座松屋と関係があるという噂を聞いた」とあったが、確認したところ松屋とは関係ないということであった。

―終わり―

参考文献『松屋百年史』社史編集委員会編/松屋/1969

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  • 松屋の企業ロゴが鶴のマ-クである由縁がわかりました。モット横浜が発祥の地である事を、広く皆さんに知って貰いたいです。一方では「入り九」の社票の野澤屋も歴史ある呉服屋さんです。矢張り、横浜は開港の街です。その昔は東京以上に庶民の流通が活発だったんですね。

  • 「鶴屋呉服店」の遺伝子は現在の「松屋」にしっかりと受け継がれているのだと思う。

  • 建物の写真だけじゃ無く、地図でどこに建っていたかや航空写真で想像力がかき立てられました。それにしても凄い調査力!

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