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横浜・鶴見の幻の巨大池「寺谷大池」の実像に迫る!

ココがキニナル!

横浜鶴見区に「寺谷の大池」という18000平方メートルもある池があったそうですが、どこにあったのか分かりません。どこにあったのでしょうか。当時の様子も知りたいです(ねこぼくさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

かつて三ツ池に次ぐ大きさを誇った寺谷大池は、今では住宅地に変容していた。名残りを今に伝えるのは睡蓮と小さな祠(ほこら)が美しい「弁天池」のみだが、当時の様子を知る貴重な資料も残されていた。

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2019年08月28日

ライター:結城靖博

弁天池の周辺をフィールドワーク
 
 
さて、寺谷大池の名残りである弁天池は以上のような様子だった。
ではこの弁天池を一部としていた寺谷大池とは、いったい今の現地で見てみると、どこからどこまでを占めていたのだろうか。
 
それを探るのにこのうえなく便利なのが、埼玉大学人文地理学研究室(谷謙二)作成の時系列地形図閲覧サイト「今昔マップon the web」だ。
これで1906(明治39)年測図の地理院地図と現在の地図を比較してみると、次のようになる。
 


「今昔マップon the web」より作成

 
寺谷大池があったころの110年以上前の地図を見ると、池の周囲には田んぼの地図記号が広がっている。大池のまわりはひたすら田んぼだったのだ。
 
二つの地図をよく見比べてみると、かつての寺谷大池の輪郭と現在の弁天池周辺の道の形が、きわめて酷似している箇所があることに気づく。別の現在の地図で、そう感じる道をなぞってみた。
下の地図のピンクのラインがそれだ。赤丸は弁天池。このピンクのライン上の道をたどりながら、周辺の様子を調査してみることにした。
 


撮影した場所はA~Gの7地点 © OpenStreetMap contributors

 


まずはA地点、つまり弁天池の右側に立ってB地点方向に臨む

 


B地点からC地点方向に臨む

 


C地点からD地点方向に臨む

 


D地点からE地点方向に臨む

 
D~E~F地点の道はバス通り。ここはD地点からE地点に向けてなだらかに下っている。そのE地点付近に「寺谷角」(てらやかど)のバス停があるが、このバス停付近からF地点方向に向かって坂はなだらかな上りに転じる。
 


E地点からF地点方向に臨む

 


さらにF地点からG地点方向に臨む

 
そして、G地点からA地点に臨むと・・・
 


住宅地の向こうに唐突に弁天池の祠が佇んでいる

 
上の写真を撮影している筆者の背後には墓地があった。
 


古びた壁と階段の上に墓地が

 
階段を上りかけるが、よく見ると目に留まる墓石の姓がすべて同じだったので、どうやら個人所有の敷地のようなので、すぐに道路に引き返す。ただ、奥にはかなり古そうな墓石も見えたので、おそらくこの墓地は寺谷大池があったころから存在していたのではないだろうか。
 


墓地を右手に見ながらさらに進むと、近くに寺谷熊野神社がある

 
ここは延宝年間(1673~1681)に創建されたという由緒ある神社だ。
 


地図で位置関係を示すとこうなる © OpenStreetMap contributors

 
この神社の位置は、前掲の「今昔マップ」の2点の地図でも確認することができる。明治期の地図にある鳥居のマークから推して、やはりピンクのラインで囲った辺りがかつての寺谷大池だったことは、当たらずとも遠からずだろう。
 
神社の階段を上がり、境内から眼下を見下ろしてみた。
 


きっとこの鳥居の先に、かつては大池が一望できたにちがいない

 
今昔マップの明治期の地図を見ると、墓地や神社が並ぶ現在の通り沿いに住宅地が集中して帯状に広がっていたことがわかる(地図上の斜線部分が住宅地を表わす)。
 


この道の左側がその辺りだ

 
今もそこには住宅が並ぶが、逆に言えば、その一帯のほかはひたすら農地だったわけだ。だが今では、池の周囲と思しき辺りを巡った写真でわかる通り、弁天池のまわりには四方八方びっしりと住宅が広がっている。
 
 
寺谷大池はどんな姿だったのか?
 
それを知ることができる貴重な写真が遺されていた。
1997(平成9)年に区政70周年を記念して鶴見区が刊行した写真集の中の1枚だ。
 


『鶴見懐かしの写真集』(横浜市中央図書館所蔵)より

 
キャプションによれば、1921(大正10)年の撮影とのこと。
写真には対岸にいくつもの茅葺屋根が見える。ということは、すでに書いた通り明治期は池の北西側一帯に民家が並んでいたので、探索したC地点からF~G地点を望んで撮ったものかも知れない。いや待てよ、池の向こうの小山の稜線が真ん中でくぼんでいる。とすると、もしかしたらB地点からD~F地点を向いて撮ったものか・・・などといろいろ想像を膨らませるが、定かなことはわからない。
 
いずれにせよ、弁天池を囲んで密集する現在の住宅地に、過去の大池を重ねて思いを馳せるには十分な1枚だろう。
 
 
寺谷大池はなぜ生まれ、なぜなくなったのか
 
『鶴見懐かしの写真集』の写真には「弁天池のある寺谷一丁目には、大正時代まで寺谷大池という大きな用水池(18,000㎡)があった。江戸時代より谷戸から流れる豊富な水が、鶴見村の水田を潤していた。池の周辺は風光明媚なところであった」と解説されている。
18000平方メートルとはいったいどれほどの大きさか。われらが横浜スタジアムのグラウンド面積が12000平方メートルなので、その1.5倍ということになる。
 
大池が農地のための用水池として造られたものであることはわかった。
ネットを中心にさらに関連資料をいくつか当たってみると、鶴見一帯には、かつてほかにも大小15もの農業用水の溜め池があったという。寺谷大池の北西に位置する三ツ池公園の三ツ池もそのひとつだったが、寺谷大池は三ツ池に次ぐ大きさだったそうだ。
今となっては、弁天池は三ツ池と比べれば「点」のような存在だが・・・
 


三ツ池と弁天池の位置関係 © OpenStreetMap contributor

 
なぜ鶴見にそれほど多く溜め池が造られたかというと、鶴見川は高低差が少なく海水が流れ込みやすいため、農業用水として適していなかったからだそうだ。
 


鶴見駅の東側、潮鶴橋(しおづるばし)から鶴見川を望む。確かにゆるゆると流れている

 
ではなぜ、それらの溜め池が埋める立てられてしまったのか?
それはもう、先ほどの弁天池周辺はじめ鶴見という街の今の姿を見れば明らかだろう。
 


JR鶴見駅西口の立体駐輪場の上から望む風景

 
上の写真の奥へ伸びる道は、亀甲山バス停へと続く鶴見獅子ヶ谷通りだ。
 


JR鶴見駅東口側の駅ビル「CIAL鶴見」

 


潮鶴橋左岸側の歩道橋の上から望む鶴見の街

 


鶴見川河口付近の工場地帯の点景

 
近代以降飛躍的に進んだこの地域の宅地化・商業化・工業化が、農業用水としての溜め池にお役御免を告げたわけだ。
ちなみに寺谷大池がなくなったのは、大正末期のことだという。
 
 
取材を終えて
  
寺谷大池が消えてしまった背景には、街の近代都市化が大きく関係していた。
数多くの用水池があり農地が広がっていたことなど、今ではとても想像できない鶴見の街。
だが、遠い過去の記憶を偲ぶ地元住民たちの思いは、弁財天を祀る美しい小さな祠に込められているようだった。毎年1月10日前後には、この場所で餅つき大会が催されるという。
 
 
―終わり―
 
 
取材協力
横浜市中央図書館
住所/横浜市西区老松町1
電話/045-262-0050
開館時間/火~金9:30~20:30、その他9:30~17:00
 
時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」
埼玉大学教育学部 谷謙二・人文地理学研究室
http://ktgis.net/kjmapw/


参考資料
『鶴見懐かしの写真集』鶴見区制70周年記念事業実行委員会発行(1997年10月刊)

この記事どうだった?

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  • 数年前、子供が小学校の校外学習で、弁天池はずっと昔は亀甲山のバス停まであったと調べてきました。
    今は小さな池ですが、毎年子供達がザリガニを釣ったり、鴨の親子を皆で見守ったり、花を愛でたりと季節を感じられるスポットです。
    あ、餅つきは今は熊野神社に移動しました。

  • 猛暑のなかの取材、ご苦労様でした。寺谷大池があったころはこの一帯、真夏でもさぞいい風が吹きわたっていたのではないかと思いながら読ませていただきました。こういう記事こそがはまれぽの真骨頂だと思います。

  • 古写真の撮影方向は MAPに記号を付けたC地点付近ですね、寺谷角バス停の反対側、歯医者さん横の道をバス停を背に見てみると急な坂道で有る事が分かります、このバス通りが池淵の名残です、坂道を下りた辺りに池の取水口?の名残の建造物が今でも有るらしいのですが?自分も過去探した事あるのだけど分かりませんでした。鶴見図書館、寺尾地区センターに鶴見歴史の会発行の郷土史が有るので何か手掛かりになるかもしれない

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