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大さん橋の「象の鼻パーク」はがっかりスポット? 名前の由来とできた経緯を教えて!

ココがキニナル!

大桟橋の象の鼻パークは実際に見てがっかりという人が多いようですが、どうしてあの場所に造られたのでしょう?あの形(象の鼻)には何か理由があるのでしょうか。(はまっこさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

2009年にできた象の鼻パークは地形から「象の鼻地区」と呼ばれていたのが名前の由来。ペリー来航の地!「がっかり」している人はあまりいない

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ライター:大和田 敏子

象の鼻パークの名前の由来、公園の歴史は?

 

  

対応してくださったのは、横浜市港湾局企画調整部の飯島徹さん、五島寧(やすし)さん、みなと賑わい振興部の吉澤智(さとし)さん、山口奈々さん。
 


左から五島さん、飯島さん、吉澤さん、山口さん


パンフレットや案内に書かれている「“象の鼻地区”が横浜港発祥の地」とは、どういうことなのか。あらためてうかがってみる。
 


パンフレットには「横浜港発祥の地」と書かれている


1854(嘉永7)年、米国のペリー提督が来航。現在の横浜開港資料館の建つ場所で、日米和親条約を結び、1858(安政5)年、日米修好通商条約を締結、1859(安政6)年6月2日横浜は開港した。
 


ペリー提督の横浜上陸時の様子(象の鼻パークリーフレットより)


開港にあたり、現在象の鼻パークがある場所に、2本の突堤が造られ、横浜で最初の波止場になった。
 


横浜開港当時の波止場(パーク内案内板より)
 

象の鼻地区の変遷を説明するパネル(象の鼻テラスより)
 

 

象の鼻地区の変遷(パーク内案内板より)


象の鼻地区の変遷を案内板で見ると、1859(安政6)年頃、海に向かって2本の突堤が造られ、明治には東側の突堤が弓なりに延びている。その形が「象の鼻」に似ていることから、象の鼻地区と呼ばれるようになったそうだ。ちなみに、「象の鼻」という名前は、「横浜築港誌」(1896<明治29>年)に初めて見られるという。

当時は、沖合いに停泊する大型船から、艀(はしけ)という小さな船に荷物を積みかえて陸に運んでいた。その艀が波の影響を受けるのを避け、安定させるために、東側の突堤を伸ばした形になったと考えられるのだそう。

 

1910(明治43)年頃の象の鼻地区と周辺の風景(説明パネルより)


その後、鉄桟橋(現在の大さん橋の原型)や新港ふ頭ができると、港の主役は交代し、象の鼻地区は、物揚場(ものあげば)、船だまりとしての役割を担う。関東大震災(1923<大正12>年)により東側の埠頭は崩壊し、その後、やや直線的な形に復旧された。

象の鼻地区の移り変わりがわかったところで、「象の鼻パーク」が造られた経緯をうかがうことに。
象の鼻地区は、みなとみらい21計画の対象エリアの端にあたるところで、みなとみらい整備と同時に進められたてきた。緑地にすることは1982(昭和57)年に決定していたが、2006(平成18)年に計画の詳細が決まり、開港150周年に合わせ2009(平成21)年に開園。

基本理念は“「時の港」横浜の歴史と未来をつなぐ象徴的な空間”だ。「時間の重なり」「空間の広がり」「人間の繋がり」の3つを軸とし、横浜ならではの歴史的な資産を活かした空間を演出。新たな港の顔、市民の憩いの場、交流の場となることを目指した。空間づくりのコンセプトを一貫させるため同一者が設計する方針とし、コンペにより小泉雅生(まさお)氏(首都大学東京教授<設計当時:准教授>有限会社小泉アトリエ、横浜市在住)が選定され、設計を行った。
 


「象の鼻パーク」の構想(「象の鼻パーク」パンフレットより)


まず一つ目の「時間の重なり」というテーマにおいては「歴史的な資産を活かす」ために、防波堤を文明開化期である明治20年代後半の姿(東側の防波堤が弓なりに延びた象の鼻のような形)に復元。その際、工事中に発見された遺構を保存活用し、関東大震災によって沈んだ石積みの形状を見られるようにした。
 


発見された防波堤の石積み(パーク内案内板より)
 

復元された防波堤の石積み部分


また、偶然発見された港の貨物船の鉄軌道や転車台も、実物を見ることができるように保存している。
 


鉄軌道と転車台について書かれた案内板
 

ガラスの上からのぞいて転車台を見ることができる

 
つぎに「空間の広がり」というテーマを生かしたのは、小高い丘の形状につくられた「開港の丘」。芝生に石のベンチを配置し、海の風景をゆっくり眺められるようにした。また、日本大通りから港へと続く「開港波止場」のような広々とした空間を配置し、人々の憩いの場、イベントの場として利用できるようにした。

そして「人間の繋がり」という点では、多様な文化交流や新時代の文化発信の拠点として「象の鼻テラス」を設置。アート作品の展示や音楽・演劇などのパフォーマンスが行える場とした。

このような構想の中オープンした象の鼻パーク。パーク開園によって、どのような波及効果があったのだろうか。あらためて担当者の方々にたずねてみる。
 


「象の鼻パークが海の風景を楽しむ場として利用されることはうれしいです」


以前は倉庫などがある場所で、一般の人が立ち入るような場所ではなかった。公園として整備したことで、海を感じられるスペースとして利用できるようになり、人の流れが変わった。赤レンガ倉庫から山下公園、中華街へ向かう時、海の眺めながら歩くことができる通過点なっているのではないか、と話してくれた。

ここで、「名前負けしている」という意見があったのですが・・・と恐る恐る伺うと、「名前負け」の意図は分からないが、「パーク」という響きから「テーマパーク」のようなものをイメージして、がっかりする方がいるのかも、と話しているのを聞き、今回のアンケートから出た答えを理解するひとつのきっかけをもらうことができた。

象の鼻パークの清掃にあたっては、「みなとみどりサポーター」の方々の協力があるという。近隣の会社や海が好きな方のグループな方々、市民ボランティアなど、現在14団体が登録しており、平均して週2回位、ゴミを拾ったり、転車台展示のガラスを拭いたりしているそうだ。
 


いつ来てもきれいなのはボランティアスタッフのおかげだった!

 
実際、象の鼻パークがいつもきれいに保たれているのには、こんな理由があったのか、と感心した。
象の鼻パークでは、国際交流、アート、音楽など、年間20~30回のイベント行われている。春先から秋までは、特に多くのイベントがあるので、ぜひ参加したり、観に来たりしてほしい、と4名のみなさんからそれぞれ話を伺った。自由に港や海の風景を楽しむ場として、また人々の交流の場として、公園を活用していってほしいという担当者の方々の思いが伝わってきた。



取材を終えて



「横浜開港」という言葉は知っていても、その地が「象の鼻パークのある場所」だと知っている人はどのくらいいるのだろう。情けないことに、筆者自身も20年近く横浜に住んでいながら、知らなかった。
「象の鼻パーク設置にあたっては、歴史の浅い横浜において、土木遺構に着目して、故郷のアイデンティティーの核になるようなものを作っていこうという思いがあった」と港湾局の方が話されたのが印象に残った。憩いの場であるだけでなく、歴史を感じる場所としても重きが置かれていたことが伝わってくる。
今回の取材の中で、横浜の歴史の大きな部分を知り、ますます横浜への興味や愛着が深まった。また、歴史と同時に、海のある風景は、やはり横浜の人々にとって、アイデンティティーの核になるところなのだろうと感じた。
最後に、象の鼻パークは夜の風景も素敵でした。
 


パーク内スクリーンパネルによる照明演出
 

象の鼻パークからのみなとみらい夜景




―終わり―
 

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  • 横浜開港を知らない時代の人を「はまっこさん」と呼ぶのでしょうか?(笑い)

  • 象の鼻地区が整備される前には、外国の中古家具、その他中古品が並ぶ楽しい店舗でした。いつの間にか整備されてびっくりしました。でも綺麗に整備され観光客も沢山訪れるようになりそれもまたいいかな!と思う今日この頃

  • ドラマ(喰いタン・ハート等)とかの舞台にもなった地区ですし、歴史的土木遺産登録されているところなので、あまりの変わりよう(全く原形をとどめていない)に愕然とした当時を思い出します。しかも何故かヒビだらけでこ汚く建設当時から「港と分断する万里の長城・何にも考えてない役人の諸政」と散々忌み嫌われた臨港線を何故か残しているちぐはぐさ。往時を知っている者はがっかりし・知らぬ者は綺麗になって広々とした。となっているのかと。日本大通りを「何とも大げさな(こんな短い道が?)」と言う他市出身者には良いのでしょうね。(象の鼻アイスクリームは濃厚で行くと確実に食べますけど。)

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