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横浜の古道を歩く 稲毛道その4 ―矢倉沢往還合流編―

横浜の古道を歩く 稲毛道その4 ―矢倉沢往還合流編―

ココがキニナル!

市内に残る「古道」を調べていただけませんか?「えっ!普段歩くこの道が?」「こんな崖っぷちの道が?」など。家の裏の小道が昔は重要な街道だったとか、凄く浪漫があります。(よこはまうまれさん)

はまれぽ調査結果!

川崎市へ突入した稲毛道は、いよいよ佳境へ。目指すゴールは「大山道」の代表的な1本、「矢倉沢往還」との合流点だ。そこに至る道はまたしてもジグザグジグザグ…。

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ライター:結城靖博


中原街道へ向かって






稲毛道(いなげみち)第4回は矢上川(やがみがわ)に架かる鷹の巣橋から始まる


歩く道は、ここまで散々お世話になった県道106号子母口(しぼくち)綱島線。しかしこの県道とは、またしても数分でお別れだ。


稲毛道はここで左の脇道に入る



とはいえ、入ると早々に突き当たりが見える



そのT字路を右へ



するとすぐに大通りと合流


目の前の道は尻手黒川(しってくろかわ)道路だ。ここを道の流れのままに右折すると、


100メートル足らずで大きな交差点に出合う


子母口住宅入口交差点だ。そして交差する道は、またもや県道106号子母口綱島線。よく会うねえ。


ここを左折して、ふたたび子母口綱島線(写真正面)上を歩いていく



この辺りは住宅地の中とはいえ、かすかに古道の風情が漂う



沿道にはこんな旧家と柿の木があったりして



数分歩くと広い道路に合流する


右手から合流するのは県道14号鶴見溝ノ口線。横浜市鶴見区から川崎市高津区を結ぶ幹線道路だ。

ここは子母口交差点。今までたびたび歩いてきた子母口綱島線の北側の始点でもある。つまりこれ以降、もうこの道との旅はない…。

そして代わってお付き合いすることになるのが県道14号だ。流れに沿ってここを左折。


しばらく開放的な道が一直線に続く



ただし交通量は多い


5分ほど歩いていくと、前方に案内標識が見えてきた。もう少し先に中原(なかはら)街道との交差点が待っている。中原街道は今でこそ(少なくともこの辺りは)それほど道幅が広くないが、相模国と武蔵国を結ぶ古代から存在していた重要な古道の一つだ。


中原街道とは千年(ちとせ)交差点で交わる


が、稲毛道は中原街道を越えて、さらに直進だ。


交差点の右を見ると、この先は多摩川の丸子橋に通じている



そして左を見ると、この道を延々とたどれば、やがて相模川の河口付近に至る


鷹の巣橋からここ千年交差点までの距離は1.1km足らず。徒歩十数分だ。


© OpenStreetMap contributors)





古代に通じる地域を歩く





中原街道を越えてさらに直進する県道14号鶴見溝ノ口線は、「市民プラザ通り」とも呼ばれる。千年交差点から2kmほど先に川崎市民プラザがあるからだ。


稲毛道はこの通りを溝口(みぞのくち)方面へ向かってしばらく進む



数分歩くと左手に冷凍ラーメンの自動販売機を発見


「あら、珍しや」と思わず写真に収めるが、より注目すべきものがその右隣りにあった。


自販機の幟の先、電柱の陰に隠れて鳥居が見える



ここは千年(ちとせ)神社だ



石段を上り本殿を拝す


このありがたい名前の神社は、古くから地域にあった3つの神社が1955(昭和30)年に合社されて生まれたという。

それにしても、神社の名称ともなっている地域名「千年」の由来が気になる。後日調べたところ、この名前は明治になってから付けられた瑞祥地名(ずいしょうちめい=めでたい言葉にあやかって付けられる地名)だ。

周辺にはほかにも久本(ひさもと)・末長(すえなが)などめでたい名前の地域が多い。かつて稲毛領が幕府の天領であったことと関係するのだろうか。


神社から県道に戻りさらに先へ進むと、左手に木々がうっそうと茂る


この辺りの地形はちょうど県道をはさんで右手(東側)が平地、左手(西側)が丘陵地になっている。そして、丘陵地側からは古代の役所跡とされる「橘樹官衙(たちばなかんがい)遺跡群」も発掘されており、現在も周辺は特別緑地保全地区に指定されている。

この土地は、そんな古代に通じる地域なのだ。そう考えると「千年」という地名がいかにもふさわしく思えてくる。


千年神社から200メートルほど先へ進むと左手に斜めに入る細い路地がある


稲毛道はここを左折する。


路地は特別緑地保全地区の丘陵地の裾に沿って続いているのだが



路地に入って間もなく左手に渋い祠を見つける



地蔵菩薩像(左)と青面金剛像、2基の庚申塔が祀られていた


地蔵菩薩像の左側には薄っすらと「元文二」の年記が読める。古代ではないけれど、1737年、江戸時代中期造立の古い石塔だ。


庚申塔をあとにしてさらに路地を進むと、右手に立派な門構えの家があり



その家の長い外壁に沿って進んでいくと



道が二又に分かれる。ここは右の道を選ぶ



右折した道の左側は橘(たちばな)小学校


この先のルートから推察すると、旧道はかつて二又の中間辺りを斜めに進んでいたようなのだが、現在は小学校の敷地でふさがれている。


そこで、路地が大通りと突き当たると



小学校の正門を左に見て、またすぐ先にある左の路地に入る



場所は市民プラザ通りの橘小学校交差点


ちょうど小学校の周囲をぐるっと回り込んだ格好だ。


ふたたび入った路地の右手は高津区役所橘出張所



路地はすぐに斜めの道に突き当たる。ここを右折


この辺りで、地図上は小学校で消滅した道がつながることになる。


右折した路地の眺め


前方にラーメンチェーン店「幸楽苑」の黄色い看板が小さく見える。


路地を抜けるとまた市民プラザ通りに出たことになる


市民プラザ通りは写真左側方向へこのまま直進するのだが、県道14号鶴見溝ノ口線はこの信号を右に折れて続く。そして稲毛道もまた、同じくこの交差点を右折する。


右手のフェンスの向こうは



橘中学校の敷地だった



中学校の先の頭上に高架道路が迫ってきた


上を通るのは第三京浜道路だ。


この高架下をくぐって、稲毛道はさらに先へ続く


千年交差点から第三京浜道路との交差点までの道のりは約1.3km。徒歩15分ちょっとの距離だ。


© OpenStreetMap contributors)





県道を出たり入ったりの古道歩き






稲毛道のゴールは第三京浜を横切って県道14号をまっすぐ進んだ先だ



しかし高架下をくぐると、直進せず高架橋に沿って左へ曲がる



そして最初に右側に現れた路地へ入る



さらに、すぐまた右折


つまり、かつての旧道は高架下の交差点よりも左側を通っていたのだろう。今は高架線で途絶えているので、ぐるっと迂回して第三京浜の先の旧道につながったことになる。


その証拠に二度の右折を繰り返したのち、数十メートル前方左手に石塔が並んでいた



右端の地蔵菩薩像以外は、かなりの歴史を感じさせる趣だ


新しめのお地蔵様の左にある角柱塔は「先祖代々有縁無縁」と「天明八」の銘が読み取れる。1788年に建てられた墓石か。

その左の地蔵菩薩像は「享保六」の文字が読める。墓石よりもっと古い1721年造立の石塔だ。さらに左の2基(青面金剛像と地蔵菩薩像)は劣化が激しく、もはや銘が判然としない。


石塔群をあとにして先へ進むと、



左手の駐車場の向こうに小高い山が仰ぎ見えた


山の頂には「新作八幡宮」の文字。第三京浜を越えてから町名が千年から新作(しんさく)に変わった。新作八幡宮は創建年不詳だが、かつての新作村の鎮守社だったという。


石塔群から1分もしないうちに、県道14号鶴見溝ノ口線にふたたび合流する



県道沿いをちょっとだけ歩いて新作交差点を過ぎたところで



左側に現れたこの路地へ、旧道はまたしてもそれる



そこは何の変哲もない住宅地の中の路地裏という感じだが


右手の交通量の多い県道と比べれば、古道の風情が感じられる通りだ。


ほ~ら、現にしばらく歩くと道角に祠らしきものが見えてきた



でもこのお地蔵様はだいぶ新しいもののようだ


とはいえ、左横のご神灯の支柱には「奉献大山阿夫利神社御神燈」と記されており、この先合流することになる矢倉沢往還(=大山道)との関係を示唆している。


お地蔵様をあとにすると、まもなくまた県道14号に合流


ここから先は、しばしふたたびジグザグ道中が続く。


やっぱりほんのちょっとだけ県道沿いを歩いたあと



ここを右折



そして最初の四つ辻を左折



するとすぐ突き当たるのでここを右折



で、最初の四つ辻をまた左折



と、またすぐ突き当たるので左折



左折した先で交錯する道は結局県道14号


うむ~、このジグザグ道中は何の意味があったのか?とりあえず事前資料にしたがったわけなのだが、きっと県道から右に入った先は、今では住宅地として区画整理されてしまっているが、かつては斜めに旧道が通っていたのだろう。

とにもかくにも、旧道はさらにこの県道との交差点を渡って、前方の狭い道へ入っていく。


そこは落ち着いた住宅地の中の道



1分ほど歩くと道が二又に分かれ、その間に祠あり



近づいてみると2基の石塔が祀られていた


2基とも青面金剛像の庚申塔だ。ふつう、青面金剛像と文字塔で一対になっていることが多いが、2基とも青面金剛像というのは珍しいのでないだろうか。

また、祠の横には由来を伝える真新しい石碑も建てられている。

それによると、これは「後明谷(ごみょやと)庚申塔」。1724(元禄9)年に建塔されたという。石碑は2016(平成28)年に建てられたものだが、庚申塔のそばにこれほど立派な石碑が建てられている光景をあまり見たことがない。この庚申塔がいかに地域住民に大切に扱われているかがわかる。


後明谷庚申塔をあとにして二又を右へ進むと



やがてしだいに目の前の視界がひらけてきた



さらに進むと右手の大通りと旧道がほとんど接する地点に至る


写真右手前方に見える茶色い建物は、学校法人洗足(せんぞく)学園。右側の大通りは県道14号鶴見溝ノ口線。そして旧道は左側。つまりここで旧道は県道と交わらんばかりに急接近したわけだ。

第三京浜道路との交差点からここまでの距離は1.4km弱。やはり徒歩15分強の道のりだ。


© OpenStreetMap contributors)





いよいよゴールも間近だ!



一度県道に接するほどに近づいた旧道は、すぐにふたたび県道から離れていく。


古道らしい静かな路地裏の道がしばし続く



間もなく左手に寺院の山門を発見


ここは天台宗の龍台寺(りゅうだいじ)。


山門脇に古色を帯びた庚申塔が佇んでいた


邪鬼を踏みつける青面金剛像。邪鬼の下に薄っすらと三猿も見える。1736(享保21)年の造立である。

山門の石塔にばかり目が行って境内に入りそこねたが、実はあとで調べてみると、参道奥に見える本堂は江戸時代の1769(明和6)年に建てられたものとか。一目見ておきたかった。残念!


そうとも知らずに先を急ぐ筆者の前には、さらに狭い路地が続く



そしてまた、左手に寺院の山門が現れた


ここは浄土宗の大蓮寺(だいれんじ)。創建は江戸時代初期の1625(寛永2)年という古刹だ。が、ここも山門を撮っただけで素通りしてしまう。

どうも、いよいよ古道のゴールが近づいてきて、明らかに気が急いている自分がいる。


やがてついに旧道は県道と合流する



だが合流するやいなや、すぐ先にある信号のところで斜め右に延びる脇道にそれる



脇道に入ると前方に踏切が見える


ああ、もうここはJR武蔵溝ノ口駅近くの踏切だ。が、古道歩きは踏切を越えず、手前の道を左折する。

…というように、ゴールを目前にして最後のジグザグ道中が始まるのだった。


曲がるとまたすぐ、県道と交わる交差点が待っている


旧道はここを越えて、通りの向こうの細い路地へ続く。


路地に入ると右手に立派な和風門が姿を現した


ここは江戸時代から8代医者を続けた岡家の旧跡で、門の名前は、根岸の旧柳下邸周辺の過去記事でも紹介した「薬医門(やくいもん)」だ。

名前の由来は「矢の攻撃を食い止める『矢食い(やぐい)』」が転訛したもの、あるいは単に医者の家の門だったからなど諸説ある。いずれにせよ、背の高い門構えは、往診時に馬にまたがったまま門を通れるようにするためだったようだ。

ちなみにこの門、黒澤明監督の映画『赤ひげ』に登場する「養生院」のモデルにもなっているとのこと。

門の右横には「岡先生記念碑」が建ち、その前には青面金剛像の庚申塔が安置されている。この庚申塔は1868(慶応4)年(同年明治に改元)に近隣住民によって造立されたもので、もとは別の場所にあったものだという。

注目すべきはこの石塔の側面で、


右側には「影向寺(ようこうじ)薬師 加な川道」と刻されている


また左側には「溝口府中道」「小杉川崎道」などとも記され、道標を兼ねていたのだ。


さらに薬医門の斜め向かいの四つ辻はこんな風景



左角手前のポストの横に建つのは地蔵菩薩像だ



また四つ辻向かいの左角には小さな祠もある


この一角だけ、濃厚な古道の空気が漂っている。旧道はこの四つ辻を右折。ちょうど、右手に薬医門の中の敷地を見ながら歩いていく形になるのだが、


門内の敷地は、現在「久本(ひさもと)薬医門公園」になっている



県道側から公園内を見たところ


園内には江戸時代末期に建てられた土蔵が保存されている。その土蔵の前で、二人の女の子がおままごとをしていた。撮影している筆者の背後は車がビュンビュン通る県道の大通りだ。その喧騒とは対照的なのどかな光景を前にして、しばし不思議な感覚に浸る。


公園の周囲を巻くようにして路地を抜けると、その県道だ



県道に立って左手を見ると、ああ、いよいよゴールは近い


およそ200メートル向こうに、東急田園都市線溝の口駅の高架線が見える。だが、素直にまっすぐ駅には向かわず、


50メートルほど先のこの道を右斜めに入る



入ったらそのまま「通り抜けできません」の細い道を直進



通り抜けできないわけだ。細い道から出るとここは駅前のバスターミナル


写真右手に見えるのはJR武蔵溝ノ口駅の駅ビル。そしてその左横にそびえるのはJR東日本が経営するホテル「メッツ溝ノ口」だ。

このあと、古道歩きはバスターミナルの横を、右側の駅前の歩道に沿って進んでいく。


途中、右手に東急・溝の口駅への入り口を見たりして



すぐその先の東急線高架下の道を右折すると



くぐり抜けたところで少しひらけた交差点に出くわす


ジャジャ~ン!この場所こそが稲毛道の終着点である。写真右隅の電信柱に隠れた祠に注目。この祠が、ここがゴールであることを証している。


正面に回って祠を拝す


祠のかたわらには「庚申塔と大山道標」と題された解説板が建つ。そう、この青面金剛像の庚申塔は、久本薬医門にあったものと同様、道標にもなっているのだ。


右側面には「西 大山道」と記されている



左側面には「東 江戸道」、背面には見づらいが「南 加奈川」と書かれているようだ


また「文化三寅年」(1806年)の年記も読める。

この交差点は、ここまで歩いてきた稲毛道と大山道(=矢倉沢往還)との合流点なのだ。


交差点右手は矢倉沢往還の江戸方面



そして左手が大山方面


上の写真では車列が邪魔をしてわかりづらいが、稲毛道と矢倉沢往還との合流点のすぐ左手には高津区役所東側の交差点があり、大山方面への矢倉沢往還のかつての旧道は、その交差点を越えて続いていた。


高津区役所東側交差点。正面が大山方面に至る矢倉沢往還


古道シリーズでは以前「柏尾通り大山道」を取り上げたが、代表的な大山道のひとつであるこの矢倉沢往還もいつか歩いてみたいものである。

…などとここまで付き合ってきた古道を傍目に浮気心を起こしつつ、長かった稲毛道の旅に幕を下ろすのだった。

県道14号と旧道とが接近した付近(川崎北税務署前交差点辺りだ)からゴール地点までは約1km。徒歩十数分の距離だ。下のマップの赤いラインがその行程。そして紫のラインが矢倉沢往還。


© OpenStreetMap contributors)


ところで、取材後にこのマップを作りながらふと思ったことがある。

久本薬医門公園の南側に鳥居のマークがある。久本神社だ。筆者はこの神社に立ち寄ることもなく、事前資料にしたがって、迷わず神社前の交差点で右の脇道に入った。そして踏切前を左折した。

しかし地図をしげしげと眺めていると、左に折れて久本神社に向かいそこから北上して久本薬医門公園へ向かったほうが、なんとなく自然であるような気がしてくる。

専門家ではない筆者としては、正否はつけがたい。識者の判断にゆだねたい課題だ。

稲毛道第4回の全ルートは以下の通り。約4.8km、徒歩1時間あまりの行程だ。


© OpenStreetMap contributors)


そして下のマップが、神奈川警察署からスタートした第1回からここまでの全行程だ。総歩行距離は約18km。横浜市神奈川区・港北区、川崎市高津区と、3つの区にまたがる長い道のりだった。


© OpenStreetMap contributors)





取材を終えて




第1回の冒頭で述べた通り、古道シリーズで横浜の中心地から北上するルートは初めてのことだった。横浜から北上するとは、すなわち東京方面へ向かって歩いていくということだ。

古道歩きは実際に現地を訪ねてみないとなかなか実態はつかめないが、少なくとも事前に地図上をたどってみる限り、あまり自然とは縁のない旅になるだろうと予想できた。そして、その予想は的中した。

基本的に稲毛道は、交通量の多い県道か、その脇を通る住宅地の中の生活道路がほとんどだった。若干「それらしい道」だったのは、第3回の団地から幼稚園へ抜ける通園路。わずかな距離だったが、あそこには確かに古道の気配が漂っていた。また、今回も千年の特別緑地保全地区に分け入って橘樹官衙遺跡群に寄り道すれば、もう少し目の保養ができたかもしれない。

ただ、経済活動や日常的な生活感の強い「ごく普通の道路」が多いからこそ、ふと唐突に姿を見せる路傍の祠や石塔は、一層印象深く感じられる。そこに古道歩きの妙があるとも言えるだろう。

それにしても、今度はもう少し緑を楽しめるルートをたどりたいな。西にでも針路をとろうか。

―終わり―


参考資料

『横浜の古道』横浜市教育委員会文化財課編集・発行(1982年3月刊)
『横浜の古道(資料編)』横浜市文化財総合調査会編集、横浜市教育委員会文化財課発行(1989年3月刊)

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  • よこはまうまれです。長い稲毛道の旅、お疲れ様でした。今回は大通りに何度もぶつかりジグザグして迷子になりそうな道のりでしたが、最後に出会った岡家の薬医門あたりの雰囲気、公園の広場にポツンと立つ土蔵に感動しましたね。面白かったです。今度は西ですか。自分的にはまた中心地からのスタートになりますが、八王子街道なんていろいろありそうな気がします。

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