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ココがキニナル!

横浜駅東口の崎陽軒から南側一帯には、かつて遊郭があったと聞きました。横浜の遊郭といえば港崎遊郭が有名ですが、こんなところにも遊郭が?(象の鼻さんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

「かつてあった遊郭」とは港崎遊郭が火災で焼失、1866年大火で羽衣町へ移転したが1871年の火災で焼失、1872年高島町に移ったもの

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2014年02月17日

ライター:橘 アリー

「岩亀楼」で祀られていたお稲荷さん

「岩亀横丁」は、新横浜通り、雪見橋の交差点を内陸側に入った所にある。
 


「岩亀横丁」の様子。とても静かな通りである
 

ゆるやかな坂を登っていくと「岩亀稲荷」が見えてくる
 

「岩亀稲荷」の入口の様子


ご近所の方々で「岩亀稲荷」のお世話をしているようなので、「岩亀稲荷」のお隣のシャツ専門店の「松本屋」さんでお話を伺った。
 


とても親切に対応して下さった、ご主人の相澤儀一(よみ)さん
 

高島町時代の「岩亀楼」(相澤さんの資料より)


高島町時代の店「岩亀楼」は、和洋折衷の建物。小さくて見づらいが、右上にある時計台が名物になっていたらしい。

なお、高島町の遊郭では、「岩亀楼」のほかに「神風楼」という店が有名だった、とのこと。初代(現横浜公園時代)から続いていた「岩亀楼」と言う名前は、当主が埼玉県岩槻(いわつき)の人で、岩槻を“がんき”と読み、そこに、威勢が良さそうだということで“岩亀”という文字を当てはめて付けられたそうだ。

残念ながら、高島町の遊郭について、他にどのような名前の遊郭があったのかなど記されている資料がなく、当時を知っている人もいなかったので詳しいことは不明である。
 


「港崎遊郭」の遊女をまつる岩亀稲荷

「岩亀稲荷」には、「岩亀稲荷と岩亀横丁の由来」を記載した紙が置かれている。

同地は「遊女たちが病に倒れた時に静養する寮が現在の岩亀横丁にあり、遊女たちの信仰するお稲荷さんがそこにあったので、この場所が“岩亀横丁”と名付けられた」と記されていた。
 


「岩亀稲荷と岩亀横丁の由来」の紙


「岩亀横丁」ができたのは、相澤さんのおじいさんの代のこと。
1915(大正4)年、2代目の横浜駅が高島町にでき、各地から職人さんがこの近辺に移り住んできた。足袋職人だった相澤さんのおじいさんもそのうちの一人。戸塚から移り住んで来た時、ここに「お稲荷さん」が祀られていたので、それを中心に移り住んで来たみんなで仲良くやろう、ということに。
 


当時、この一画に「お稲荷さん」が祀られていたそうだ


最初は、足袋屋さん・和菓子屋さん・花屋さん・八百屋さん・経師(きょうじ)屋さんの5軒で「お稲荷さん」のお世話を始めたが、現在は、八百屋さんがパン屋さんに変わり、米屋さんが加わって、6件でお世話をしているそう。

毎月25日には、一時期、石灯籠が置かれていた妙音寺から住職さんが来て、供養のお経をあげてくれるという。毎年5月25日には、妙音寺で盛大に供養が行われる。

相澤さんは、“遊女たちは横浜の歴史を陰から支えた功労者である。そのことが忘れられないように、後世に伝えていきたい”という想いで、お世話をしているそうだ。
 


「岩亀稲荷」の様子は?

お話を伺った後、お参りをした。
 


入口は半間(90センチ)くらいの広さである
 

途中にとても風情のある「岩亀稲荷」の看板がある
 

赤い鳥居を潜って左に行くと・・・
 

お稲荷さんが祀られている
 

竹で作られた囲いには、舞台のチラシが貼られている


これは、「岩亀楼」に居た“喜遊(きゆう)”という遊女に入れ上げたイルスミンという名のアメリカ人が無理やり見受け(芸妓・娼妓などに身の代金を払って年季のすまないうちに,その商売をやめさせること)しようとしたのだが、“喜遊”はそれを嫌がり自害した、という実話に基づいて作られた芝居である。
この作品は、有吉佐和子氏が書いた「ふるあめりかに袖はぬらさじ」という戯曲である。
 


お稲荷さんの様子

 


取材を終えて

取材でお話しを伺っていたのは1時間ほどであったが、その間も、2組の方がお参りに訪れていた。
横浜の歴史を陰で支えてきた人たちがいる。
そんな思いを胸に、お参りされてみてはいかがでしょうか。


―終わり―
 

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  • 遊女喜遊の生い立ちや馴れ初め、買いうけようとした米国人イルスミンの出身や訪日の理由、喜遊なき後の彼の生涯等も、立体的に知りたく思いました。

  • 高島町遊郭の存在をもっと掘り下げて欲しかったです。遊女や岩亀横丁のことはよく知られているので。ここには岩亀楼と神風楼の他にも、楼はあったのでしょうか。場所は高島町1丁目と書かれてある文献もあれば、2丁目と書かれてある物もある。どちらなのでしょうか。線路に面して建てられてあったのですか?それとも太平洋側?高島町遊郭は短期間の営業であったと思いますが、その跡地はどうなったのですか?むしろ分からないことが多くなり、疑問だらけになってしまいました。

  • 資料探しが安易!せめて横浜市史稿ぐらい見ろよ。詳しく高島廓について書かれているから。

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