崎陽軒のシウマイ弁当は、発売当初どんなデザインだった?
ココがキニナル!
創業110周年を迎えた崎陽軒。定番の「シウマイ弁当」や「昔ながらのシウマイ」のデザインは発売当時から変わらないの?(はまれぽ編集部のキニナル)
はまれぽ調査結果!
現在のかけ紙は4代目で、横浜の歴史とともにかけ紙のデザインも変わっていった。「昔ながらのシウマイ」は創業当初から同じ!
ライター:はまれぽ編集部
先日、新横浜から新幹線に乗った。もちろん旅のお供は崎陽軒の「シウマイ弁当(860円/税込み・以下同)」!
相変わらず美味しかった
これから仕事に行くであろうサラリーマンも同じシウマイ弁当を購入しており、「お、ハマっ子か?」と勝手に親近感が沸いてしまう。崎陽軒と言えば、この「シウマイ弁当」の黄色い掛け紙や「昔ながらのシウマイ」の赤いパッケージを思い出す人も少なくないだろう。
そこでふと思った。
この黄色い掛け紙や赤いパッケージって、創業当時から同じデザインなのか?もし違うデザインだったなら見てみたい!
今年で創業110周年、シウマイ誕生90周年(提供:崎陽軒)
ということで、崎陽軒に問い合わせてみた。
横浜とともに変遷してきた掛け紙
お話を伺ったのは、出先でキニナル駅弁があれば、迷わず2つ購入するほど駅弁が大好きな崎陽軒・広報・マーケティング部の伊藤さん(写真右)。
崎陽軒で好きな弁当は「横濱中華弁当(1100円)」
「シウマイ弁当は1954(昭和29)年に発売されました。当時すでに崎陽軒の代表的な商品となっていた『シウマイ』を主体にお弁当を作ろうということになり、駅弁の定番とされてきた焼き魚や卵焼きに加え、『横浜蒲鉾』『酒悦の福神漬け』『崎陽軒のシウマイ』という三名品を揃えた『横浜名物にふさわしいお弁当』として開発されました。掛け紙は現在までに3回変わっており、1995(平成7)年の3月に現行のデザイン(以下、四代目)へと変更しています」
今回は特別に、初代、二代目、三代目の貴重な掛け紙の資料を提供していただいた。
初代
初代シウマイ弁当の掛け紙は、横浜港と船、かもめが描かれているだけのシンプルなもの。
初代掛け紙(提供:崎陽軒)
初期のシウマイ弁当にはシウマイは4個入っており、「もう少し食べたい!」というお客さんの声を反映して現在の5個に変更。人気のおかず「筍煮」は発売当初から変わらない選抜メンバーという。
過去には、「復刻版」として初代掛け紙をまとったシウマイ弁当を販売していたこともあるので、目にしたことがある人もいるのでは?
シウマイ娘からシウマイ弁当を買うお客さん(提供:崎陽軒)
「横浜にシウマイ娘あり」(提供:崎陽軒)
二代目
続く二代目のデザインには、3代目横浜駅、井伊直弼(いい・なおすけ)の銅像、新幹線(こだま)、三渓園などが描かれており、1955(昭和30)年9月に開店したシウマイショップが描かれている。
二代目掛け紙(提供:崎陽軒)
シウマイショップは、「横浜駅東口周辺を復興させたい」という願いとともに作られ、日本で初めて円形のエレベーターを設置した先進的な建物。屋上には展望台もあり、1956(昭和31)年には屋上でビアガーデンを開催、その翌年にはひょうちゃんの大きなネオン(総高10メートル)も誕生した。
また、当時は製造過程が見えない方が良いとされていた風潮の中で、その正反対を実現。「製造工程に恥じることは何もない」と、駅前に面した1階部分は総ガラス貼りの調理場にした。
画像右側は改修後のシウマイショップ(提供:崎陽軒)
初代かけ紙と比べてみると横浜の歴史や発展を感じることができる。
気になったのは、初代かけ紙では波打っていたシウマイの「シ」の字が、二代目では普通の「シ」を使用していること。崎陽軒本社の入っているヨコハマジャスト1号館も同じように「シ」が波打っている。
デフォルトが波打っている「シ」なのかもしれない
三代目
三代目のデザインは、龍が青い水晶を抱いているデザインで今の四代目と近いものを感じる。
三代目掛け紙(提供:崎陽軒)
水晶の中には70~80年代の風景の中に特徴ある建物が描かれており、当時は山下公園に隣接している「横浜マリンタワー」が一番背の高いシンボルだった。
1991(平成3)年には 、「ヨコハマ遊大賞」を受賞。
人ではなくモノで受賞したのは「シウマイ弁当」が初めて
文面は、「『シウマイ御弁当殿』あなたは、兄シウマイと合体し、ユニークな幕の内弁当をつくりました。その味は、シウマイとともに横浜を全国に広めました。よってその長年の実績を顕彰し、ここにヨコハマ遊大賞を贈ります。1991年11月1日」。
四代目
そして1995年3月に今の四代目のデザインとなる。四代目のデザインでは、三代目のデザインよりもはっきりとシンボルが描かれており、1993(平成5)年に開業した横浜ランドマークタワーも仲間入り。お土産を入れるビニール袋や紙袋にも同じシンボルが描かれている。
一番左の崎陽軒本店は1996(平成8)年にオープンしているため、シウマイ弁当の掛け紙が一足早くお披露目した形だ。初代かけ紙と同様の波打った「シ」に復活している。
お馴染みのデザイン(提供:崎陽軒)
以上が、シウマイ弁当販売から64年の掛け紙の変遷だ。
港と船とカモメだけだった景色から、296.33メートルの超高層ビルがそびえ立つ景色へと移り変わった横浜。まさかシウマイ弁当の掛け紙を通して、こんなにも横浜の変遷を感じられるとは想定外だった。
横浜みなと祭や開港祭などには記念の掛け紙も
横浜と崎陽軒の繋がりが非常に深いことに気付かされる。もしも5代目掛け紙が誕生することがあれば、きっとその時は横浜に大きな変化が訪れているに違いない。
シウマイのパッケージは販売当時から90年間踏襲されている
次にシウマイ弁当を食べる時は、これまでの横浜を慈しむように丁寧に掛け紙をはがしたいと思う。
ー終わりー
取材協力
崎陽軒
http://kiyoken.com/
- 前へ
- 1
- 次へ
JUNJETさん
2019年01月19日 00時34分
楽しい記事をありがとうございました。2代目の包装紙にある鉄道車両は新幹線ではなく、当時の特急「こだま」「つばめ」などに使われていた国鉄151系をモチーフにしていないでしょうか? (新幹線ですと他の絵柄との時代の整合性がずれる気がします。) いずれにせよ大変興味深い内容に感謝します。
Tomo-Chanさん
2019年01月16日 16時57分
2代目、3代目にはいつ変わったのでしょうか?基本情報はしっかり押さえていただけると嬉しいです。
マッサンさん
2019年01月16日 12時43分
見慣れた黄色いシウマイ弁当の掛け紙や赤いシウマイのパッケージが不思議と食を唆(そそ)る。最近では自分のご褒美にシウマイ弁当をいただいてます。。。