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加賀町、薩摩町というのは、今は山下町になってるけど、どういう理由なのか。藩邸があったのでしょうか。(亜仔さんのキニナル)

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居留地の警備に各藩の藩兵が置かれていたことがあり、加賀藩は日本大通に屋敷跡があったようだが薩摩藩は不明

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2013年09月30日

ライター:橘 アリー

藩兵の拠点は現在の日ノ出町駅周辺にあった!

横浜は、開港するまでは半農半漁の寒村だった。そんな横浜村は、開港場として選ばれたことにより大きな街に変わっていった。

横浜の変化は、西洋文化の伝来など良いものばかりでは無く、外国人が多く移り住んで来たことにより、文化や思想の違いなどから摩擦が起こり、外国人殺傷事件・生麦事件・薩英戦争などが起きて行った。

そして、江戸末期に外国人を実力行使で退けようという思想を持った「攘夷派」(じょういは)などが居留地を襲撃するかもしれないという風説が広まっていた。

そんな居留地襲撃の風説が高まるにつれて、当時の横浜の警備を行っていた神奈川奉行だけでは警備体制が危うくなってきた。
そこで、幕府は、江戸時代に引き続いて明治初年にも軍隊を持っていた各藩に、横浜の警備にあたるように命じた。

そして、その拠点は、現在の日ノ出町駅付近にあった太田陣屋という所に置かれ、外国人警備のために、居留地に藩兵が置かれるようになった。
 


現在の日ノ出町駅近辺の様子


これで、居留地に藩兵が置かれるようになった経緯は分かった。では、居留地に藩兵が置かれたということは、居留地に藩邸があったと言うことなのだろうか。

以前の調査で、加賀藩については屋敷跡があったようだと分かったが、薩摩藩についてはどうだったのか、図書館や資料館にある横浜居留地について記載のある各資料で調べてみたが、そのことに関する記述はどの資料にも載っていなかった。

そこで、関東大震災までの横浜の資料を管轄する横浜開港資料館に、問い合わせてみた。
 


横浜開港資料館


神奈川県警察などの資料には「居留地に各藩の藩兵が置かれていて、警備にあたっていた」とあったが、伝承で伝わっていたもので、横浜開港資料館としては、「それも定かでは無い」という。横浜市の歴史的な資料は、関東大震災以前や横浜大空襲で多くが焼失してしまっており、横浜開港資料館としても「関係する資料が無いので不明」とのことだった。

残念ながら、薩摩藩の藩邸があったかどうかは分からなかったが、今もなお、山下町にある神奈川芸術劇場の敷地の一画には居留地の遺構が残されている。
 


横浜最古の洋風建築物であるという旧横浜居留地48番館の遺構
 

現存しているのは右の絵の青枠内の部分の遺構で、上部は復元されたもの
 

内部には、建物の一部が展示されている




取材を終えて

時代が変わると町名も変って行くが、加賀町や薩摩町のように、何かの名前として残されて行くと、その時代に人々が生きていた様子を垣間見ることが出来る。
このように、その土地の歴史に由来する名前は、何かの形で残っていってほしいものだ。


―終わり―

 
参考資料
明治維新と横浜居留地 (著者:石塚裕道)
横浜居留地の諸相 (編集:横浜居留地研究会・発行:横浜開港資料館)
横浜英仏駐屯軍と外国人居留地 (編者:横浜対外関係史研究会・横浜開港資料館)
図説 横浜の歴史 (発行:横浜市市民局市民情報室広報センター)
図説 薩摩の群像 (発行:学習研究社)
日本の近代 開国・維新 (著者:松本健一)
横浜歴史と文化 (編集:財団法人 横浜市ふるさと歴史財団)
明治大正図誌4 横浜・神戸 (編者:土方定一・坂本勝比古)
横浜もののはじめ考(編集・発行:横浜開港資料館)
わが署わが町 (編集:神奈川県警察本部警務部教養課)
神奈川県警察史 上巻 (発行:神奈川県警察本部)
ひとすじの道 神奈川県警察創設100年記念 (発行:神奈川県警察本部)
神奈川県の歴史 (著者:神崎彰利 他)
明治・大正の郷土史14 神奈川県 (編者:大畑哲)
 

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  • 分からなかったのならボツにすべき。無理に記事にすべきではない。

  • 駐屯していた各藩の名前が町名になったというのは無理な説明。町名になった藩名のすべてが横浜のこの地域にいたとの証拠はない。それよりこの種の街路のネーミングはヨーロッパ方式であることに眼を向ける必要がある。19世紀、植民地や租界があった香港や上海の街路名は中国の大都市の名を付けた。北京路や広東路というのがそれ。横浜の外人居留地にこのような街路名が生まれたのは、これらの地名は外国人用にもっぱら考えられたというのが自然な考え。だから藩名、著名な知名、名所、つまり富士山町や二子町が生まれたのだろう。蝦夷町も同じ。これは横浜地名研究会の会長の櫻井澄夫の説。富士山頂の場合はこの道の向こうに富士山が見えるからとい説がある。

  • この手の話って、市立中学校で必ず配布された「横浜の歴史」って社会科副読本の中に大抵は載っていた様に思いますが… 今では無くなったのかな? 

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