山手の味わいある建物の正体は? 熟練の技をもつ、染み抜き「杉本家」の職人に密着レポート!
ココがキニナル!
山手駅の商店街にあるしみ抜きの「杉本家」の建物は味わいがあり、ガラス張り作業しているのが丸見え。とても渋い雰囲気のご主人と、その奥様?がもくもくと作業されてる姿がとても素敵です。(いなれいさん)
はまれぽ調査結果!
味わいのある建物は店主と同い年。ここで生まれ育ち、着物に向き合って来たご主人と側で支える奥様。汚れた着物を再生する熟練の技をご覧あれ
ライター:たなか みえ
古い着物に息を吹き込む
祖母から母へ、母から娘へ受け継がれてきた着物
「ああ、その着物は、赤ちゃんのお宮参りのときのかけ着を3歳の女の子用の着物に仕立て直したものです。かなり古い着物なので、模様部分の子どもの白い顔についたカビが黄変してしまっています。今はまだ作業中なんですけど、染みを一つずつ抜いて、薄くして、顔をきれいにしているんですよ。時間はかかりますね」
顔に付いたしみを一つずつ丁寧に落とします
まさに、ご主人が丁寧に丁寧に染みを抜いて、古い着物に息を吹き込んでいる感じだ。次はどんな女の子がこの着物に袖を通すのだろう。
「着物の染みは、ちゃんと保管したり、虫干しをしたりしないと、しまっている間にはえたカビから黄変してしまうんです。そう、保管が命ですよ。もちろんお手入れも大切ですけれどね。それなりのお金をお支払いになって着物をお買い求めになっているんですから、しっかりお手入れもしていただきたいんです」
「毎回、生洗い(丸洗い)や洗張りをしなくちゃいけないなんて申しませんよ。私どもで汚れを拝見して、今回は襟の汚れを落とせばいいですよとか、この染みだけを抜いておきましょうとか、ご提案させていただきます」
固形石けん、霧吹き・・・染みをぬく道具
「あ、でもね。染み抜きにしても、洗張りにしても、最低1ヶ月はお預かりすることになりますから、ご依頼いただく場合は、余裕をもって来ていただくとありがたいです。くれぐれも、着ようと思ったら染みがついていたから、今すぐになんとかしてなんてことのないようにお願いしますね」
お手入れを待つ着物
ところで、この風情のある、時代を感じさせる建物、実はご主人である内野さんと同い年なのだそうだ。京都に修業に出ていた4年を除いては、生まれてからずっとこの家で過ごしているのだという。
店主と共にある建物
「私は今64歳ですが、父は戦争に行く前から、この商売の修行をしていて、戻って、結婚して、そして私が生まれてすぐにこの家を建て、それからずっとここで商売をしています。私は高校卒業後、京都に4年ほど修行に行って、地直しの勉強をしました。地直しは、製品に加工する途中に飛んだ染料などを取り除いたり、抜けてしまった色を追加したりする手法です。22歳でこちらに戻ってからは、父のもとで洗張りや染み抜きの技術を学んできました」
技能功労者として表彰
内野さんにも二人の息子さんがいるが、着物を着る人が少なくなっていつまでこの職業が続くかわからないこの時代、後を継ぐことは強要できないと笑う。実際に横浜市の染物組合に所属するのはせいぜい30軒くらい。杉本家さんと同じ染み抜き、洗張りの店は10軒に満たないという。
ネットで「杉本家」と検索すると、同じ染み抜き・洗張り屋が山手以外にも全国に何軒かヒットする。
杉本家という染み抜きの流派があるという
奥さんが続ける。「この家に嫁いできたときに、染み抜きにも茶道や華道のように流派があって、抜き方も道具も違うと、父に聞いたことがあります」
染み抜き、洗張りの流派か。ご主人にはまだまだがんばってもらって、この「杉本家」の流派を後世につないでいってほしいものだ。
ということでここからは染み抜きの工程をご覧に入れよう。
丁寧に、ひたすら繰り返す!
「染みを見たら、どんなものなのか、ある程度見当を付けてから作業します。基本は水と固形石けん。生地を傷めないように超音波振動の機械を使ったり、熱で汚れを浮かせるために熱いコテを使ったりもしています」
黒く飛んだ染みが3つ
しみの正体を見極めつつ染み抜き開始
超音波の機械。生地を傷めないように丁寧に何度も繰り返す
染みが薄くなってきた
何度も何度も繰り返す
ほとんど染みは目立たなくなった。これでもまだだと内野さんは言う
内野さん自身が納得するまで、丁寧にひたすら繰り返す染み抜き作業。40年以上、この作業を毎日続けてきた内野さん。頭が下がる思いだ。
最後に、着物に限らず、ネクタイや洋服などに染みをつけてしまったときはどうしたらいいのか、教えていただいた。
「染みを付けてしまったとき、ついあわてて染みをとろうとなさいますよね。そんなときは、あわてずに、染みの上に乾いた布を当てて抑えてほかに染みが広がらないようにして、できるだけ早く専門店にお持ちください。男性のネクタイも同じです。染みをこすると、生地がすれて、傷んでしまうんですよ。ソースがチョンとはねただけなのに、あわててこすったり、お水で拭き取ろうとすると、かえって染みが広がってしまうんです」
外からはこんな内野さんの姿が見えます
たかが染み、されど染み、奥が深い。
お客様の喜ぶ顔がうれしい
最後に、杉本家さんのこれからについて、内野さんに伺った。
「辛気くさい仕事ですけどね。でもやっぱりこの仕事が好きなんでしょうね。健康でできるだけ長く続けていきたいと思っています。染みが取れてきれいになった着物を見て、見違えるほどきれいになったと喜んでくださるお客様の顔を見ると、本当にうれしいですね。お役に立てていると実感しています」
取材を終えて
決して、派手ではないけれど、毎日一生懸命、着物に向き合うご夫婦の思いに触れることができた。
確かに洋服に比べて手入れは面倒だと、せっかく母が作ってくれた着物も今ではたんすの肥やし。でも、杉本家さんの手を借りて、もう一度これらの着物に息を吹き込んでみたいと思いました。
店主の内野さん。今は、住まいは別にされているそうですが、お客さんから預かっている大切な着物に万が一のことがあってはと、自宅で夕食を終えた後は、ひとりで店に戻られるそうです。取材の最中に奥様がそっと教えてくれました。
技も経験はもちろん、何よりこの仕事に、着物に愛情を感じてらっしゃる内野さんにこそ、高価な着物も安心して手入れをお願いできそうです。
―終わり―
いなれいさん
2015年02月09日 14時48分
はまれぽさまキニナル初採用され嬉しく思います。いつも変わらずご主人と奥様が向かい合って一つの布をピシーッと扱う姿がとても素敵で、思わず投稿しました。成人式以来着物を着ることもないし、洋服に染みがついてもごしごしと洗ってしまう日々ですが、職人さんの真摯な姿に心を打たれちょっと感動してしまいました。素直に「物を大切にしよう」と思いました。はまれぽさま素敵な記事をありがとうございました。またお忙しい中、自分のキニナルに対応してくれたご主人と奥様に感謝申し上げます!
ikuchanさん
2015年02月09日 11時28分
まぁ、素敵な記事でしたね~! こういう地道な作業を続けている職人さんに感謝ですね。 着物を扱う仕事をしていますので、そのシミや傷みを度々発見しては、心を痛めています。 しかし、それでもその部分を生かしつつデザインに取り入れて組み立てる服作りを20年していますので、慈しむ気持ちはよく分かります。 伝統芸術でもある着物を長く勞って使い続けたいと願っています。