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南区の蒔田(まいた)公園が野球場だったって本当?

南区の蒔田(まいた)公園が野球場だったって本当?

ココがキニナル!

南区の蒔田公園、マップで見れば見るほど野球場の形です。以前は野球場だったのでしょうが、その写真が見たいです。どんな球場で、どのような大会が行われていたのでしょう?(ロバさん)

はまれぽ調査結果!

確かに蒔田公園は昔、野球場だった。しかも調査を進めていくと、横浜スタジアムがまだ平和球場だった時代、蒔田公園は市内でも有数の本格的な球場のひとつだった!

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ライター:結城靖博


「ロバさん」のおっしゃる通り、南区・蒔田(まいた)公園は、地図で見ると、明らかに野球場の形をしている。


こりゃ、どう見ても野球場でしょ!(© OpenStreetMap contributors)


ところがドッコイ、ここは今、純然たる公園だ。それどころか敷地内には、こんな看板も立っている。


看板がキッパリとモノ申しておる


ぬぬぬっ、これは一体どういうことか?!まずは現在の現地の様子をこの目で確かめてみよう。



現在の蒔田公園へ突撃取材!





蒔田公園はココ(公園そばの案内マップより)


地下鉄・吉野町駅や蒔田駅からも近いが、一番最寄りの駅は京急・南太田駅だ。


というわけで、南太田駅に降り立つ



駅前にはいい感じの昔ながらの喫茶店があったりする


が、今は公園、公園!
南太田駅は平戸桜木道路に面している。


その通りの右手100メートル足らずの場所にフジスーパーがある



そのスーパーの脇道を入って、またすぐ右折すると・・・



上空を高速道路が交錯する場所が見える



その先に橋が架かっている



ってことは、橋の下は川だ


花見シーズンには美しい桜が川沿いを飾る、おなじみの大岡川だ。


そして橋を渡ると・・・



ジャン! そこに蒔田公園がある


もったいつけたが、実際は南太田駅からここまで、5分とかからない距離だ。


公園の中は週末だったこともあり家族連れのグループが多い



公園の真ん中を突き進むと、いかにも内野っぽい土むき出しの地面が現れ



グラウンドだったら、この辺りがマウンドだったのかなと思われる場所があり



その先は反対側の公園出入り口にたどり着く


実はこちら側の出入り口こそ公園の正面に当たるらしく、


敷地の外に出て公園側を見ると、公園名が掲示されていた



敷地内に戻って、あらためて正面から公園を臨む


この辺りが、ホームベース付近だったということか。
だが、今はやっぱり、確かに公園だ。その証拠にたくさんの遊戯施設がある。


外野側の小高い場所にはアスレチック設備を兼ね備えた巨大すべり台が



三塁側だったと思われる場所には公園必須のブランコや鉄棒があり



幼児向けのこんな可愛らしいすべり台もある


また一塁側だったと思われるほうへ目を向けると・・・


マネの絵画「草上の昼食」よろしく外国人ファミリーの一団がくつろいでいた



園内には旧グラウンドを囲むようにベンチもたくさんある


そしてグラウンド周縁をぐるりと巡る遊歩道で、人々はサイクリングやジョギングを楽しんでいる。

とはいえ、少し高みから望むと、やっぱりここは野球場っぽい。


巨大すべり台のある高台からの眺望




「ザ・蒔田っ子」から貴重な証言を得る





ひとしきり写真を撮り終えたあと、園内の一角に長く佇む男性を見つけ、声をかけてみた。


そこは旧三塁側と思しき場所


すると幸いにもその方から、貴重な証言を得ることができた。

男性は生まれも育ちもご当地の、生粋の「蒔田っ子」だった。御年71歳だが、若々しい。

「小学校は南太田小、中学校は蒔田中だから、もちろんここが野球場だった頃はよく知ってるよ」とその方は言う。
「自分は中学生の頃剣道部だったから公式の野球はしてないけど、それでもここで野球して遊んだ記憶はある」とも。


しかも、その頃の球場の様子を丁寧に取材ノートに書いて説明してくれた


「一塁側と三塁側は石段になっていて、まあ、観客席みたいなものだったな」


「今ある水銀灯よりちょっと低いぐらい。だからけっこう高かったよ」


「中学生時代は、放課後よくこの石段のところに仲間と集合して、アベックをからかったり、公園のそばにあった銭湯にみんなで行ったものさ」


旧一塁側の裏手、この辺りに昔銭湯があったらしい


「その当時、木下大サーカスも来たんだよ」


「今見える一塁側の外野方向の建物に、動物を入れてさ」


「野球場だった頃は、5月の連休中の『仮装行列』が山下町から始まって、関内、伊勢佐木町を通って蒔田公園がゴールだったんだよ。あの頃はここでいろんなイベントをやっていたな」


「ホームベース側にはステージがあって、よくローラースケートをしたものさ」



外野の向こうは左・中・右3つのパーツに分かれていた芝生で


芝生の前に内野の周辺よりスパンの広い石段があったという。


もしかしたら巨大すべり台の前の段々がその名残なのかもしれない


「週末には、よく社会人野球の大会みたいなものも開かれていたな。ときどき、見に行ったことを覚えてる。でもナイター設備はなかったから、やっていたのは昼間だったけど」

一生懸命、過去を思い出して説明してくれた「ザ・蒔田っ子」の男性に、感謝感激である。

野球場だった頃と今とを比べてどう思うかも尋ねてみた。
すると「当時はそう簡単に入れなかったし、こっそり入ると叱られた。今は出入り自由で、マウンドもない平らなグラウンドになったし、子どもの遊び場としては良くなったんじゃないかな」とのこと。



もう一人の「ザ・蒔田っ子」から石段の確証を得る




現地取材後、そういえば筆者が息子の少年野球を手伝っていた頃、蒔田中学出身だったお父さんがいたことを思い出した。その方に、当時の蒔田公園の写真がないか尋ねたところ、貴重な写真を提供していただくことができた。


写真提供:藤野秀和(ふじの・ひでかず)氏


上の写真は、藤野さんが所属していた少年野球チーム「若宮ジュニアーズ」の1970年代後半の蒔田公園野球場での集合写真だ。三塁側の石段で撮ったものらしい。確かに石段だ。しかもかなりの高さであることがこの写真からもわかる。

前から2列目・左から3番目が当時の藤野さん。そして、同列一番左の方が当時の監督・須田芙美雄(すだ・ふみお)さん。今回、故・須田監督のご遺族から「みんな顔出しOKに決まってるよ!」と特別に許可を得て掲載させていただいた。藤野さんによれば、須田監督はこの頃南区の少年野球の中心メンバーで「素晴らしい監督だった」という。

なお、若宮ジュニアーズは、大岡小学校にあった少年野球チーム。藤野さんは井土ケ谷生まれの井土ケ谷育ちで、蒔田中学校出身。やっぱり生粋の「蒔田っ子」だ。


「当時、蒔田公園は南区の少年野球のメイン球場だった」と懐かしむ藤野さん




南区役所に蒔田公園の変遷を尋ねる




蒔田公園が野球場だった頃の詳細をさらに探るべく、南区役所に問い合わせてみた。
すると、南区南土木事務所の大橋男(おおはし・だん)副所長から、以下のような回答を得ることができた。


浦舟町にある現在の南区総合庁舎(旧庁舎は5年前まで蒔田中学校の向かいにあった)


蒔田公園は1958(昭和33)年に公開され、野球場は公式の野球大会、少年野球の区大会、区民まつりなどに使用されていたという。

しかし、施設全般の老朽化、区内の人口密度の増加、周辺住民の公園整備の要望などから、1999(平成11)年に再整備事業が発足。2001年までに全面改修工事を行い、その後も小規模な工事を重ね現在に至るそうだ。


これは再整備前の貴重な航空写真(写真提供:南区南土木事務所)


確かによく見ると、ホームベース側の後ろに大きな屋根付きのステージ、一・三塁側に石段、外野の周縁が3パーツに分かれ小高い土手になっている。蒔田公園で取材した男性の言う通りだ。ファウルグラウンドがものすごく広いのも印象的だ。



長年蒔田公園で野球をしてきた方の証言





そう、まだそれが足りない。それがほしい。

そう思って、横浜市少年野球連盟学童部にメールを送ると、格好の証言者をご紹介いただくことができた。
横浜野球連盟ならびに南区野球協会の副理事長である北爪稔(きたづめ・みのる)氏だ。

横浜市の職員だった頃から選手として軟式野球に関わってきた北爪さん。古希を迎えた現在も、土曜日は横浜野球連盟の大会、日曜日は区民大会と毎週のように現役の審判員として参加し、平日には組織運営にも携わり活躍されている。

「蒔田公園の球場は横浜野球連盟、特に南区野球協会の公式野球場としてよく使っていました」という。

下は北爪さんからお借りした貴重な資料に掲載されている「昭和62年度南区民野球大会トーナメント表」の1枚。「マ」と記されたのが蒔田公園だが、いかに多く使われていたかがわかる。


『南区野球協会50年史』より転載


「昭和50~60年代頃の区民大会の決勝戦は、蒔田公園でやっていました」と北爪さんは語る。


蒔田公園での昭和62年南区民軟式野球大会表彰式(『南区野球協会50年史』より転載)


球場の印象を尋ねると、「両翼が90メートル、センターが100メートルあり、広々としたのどかな球場でした」という。


1975(昭和50)年の蒔田公園(『南区野球協会50年史』より転載)


ネクストバッターズボックスとホームベースの距離を見ただけで広さを感じる。


蒔田公園での昭和62年南区民軟式野球大会(『南区野球協会50年史』より転載)


当時の試合の様子が生き生きと伝わる1枚だ。

「非常に良い環境の中で野球ができたので、なくなったのは残念です。存続を嘆願しましたが叶いませんでした」と北爪さんは惜しんだ。

最後に北爪さんから読者にこれだけは伝えてほしいと言われた話を付記しておく。
球場の減少もさることながら、南区野球協会にかぎらず審判員の高齢化が近年とみに進行し、10年後には正常な大会運営ができない恐れがあるという。

「自分たちも獲得に努めていくが、次世代の大会を支える審判員の勧誘をなんとか促進していきたい」とのことだった。



取材を終えて




南区って、小さな公園はそれなりに点在するものの、大きな公園は少ない。一番大きいのは区の北西に位置する清水ケ丘公園だが、保土ケ谷区との境という感じだ。

あとは南西に弘明寺公園があるが、そこは丘陵地の中なので、敷地面積のわりには「ひろびろ感」はない。
そういう意味では、ほぼ区の中央に位置する蒔田公園が現在のような形に再整備されたことは、市民全般の視点に立てば良いことなのだろう――と、巨大すべり台で元気に遊ぶ子どもたちの姿を見ると思う。

だが、あの場所があんな立派な本格的球場であったこと。そのこともぜひ記憶にとどめておきたい。少年野球にほんのちょっと携わったことのある筆者としては、そう思うのだった。


―終わり―


取材協力

南区南土木事務所
住所/横浜市南区浦舟町2-33 南区総合庁舎駐車場棟1階
電話/045-341-1106

横浜市南区野球協会


参考資料

『南区野球協会50年史』横浜市南区野球協会発行(2000年11月刊)

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  • 少子化の上にサッカーへの安定した人気がありますね。ですが大谷選手の活躍など若手にもまだまだカッコいいアイコンがいるので、野球人気も盛り返してくれるといいですね。

  • 若かりし頃、会社の草野球チームに所属していてよく試合や練習を蒔田球場でやっていました。捕手で4番でしてホームランを3本打った思い出の場所。昔のスコアブックが手元にあり改めて懐かしく見返しています

  • 昔はもっと社会人野球や少年野球も盛んだったでしょうからね…

    知り合いのお父さんが社会人野球をしていたそうなので此処で試合したか聞いてみます。

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