家系ラーメン店の総本山、吉村家から独立した直系店第1号店、杉田家は1999(平成11)年開業。「昭和のラーメン屋」を貫く店主の想いが詰まった1杯には手間もコストもかけていた
なかなか答えの出ない問いだ。「のり3枚」「ほうれん草」がトッピングされており「鶏油(ちーゆ)」が入っている豚骨しょうゆスープのラーメン、そうした形式的なことは多くの人が知っている。が、しかし「横浜の家系ラーメン全店制覇への道」の連載も、もう26回目。初心に立ち返り、家系ラーメンの原点となる店で、味についての詳しい話を聞いてみたい。

1974(昭和49)年開業、家系総本山「吉村家」は西区南幸にて行列店として健在
「スープやタレの味の決め手は?」「味は日々変えているのか?」
ラーメン店主にとっては、おいそれとは答えたくない質問をぶつける予定だが、聞けなかったら・・・。・・・聞けるまで聞くしかない。そう決意し、取材先に選んだのはここ。

JR根岸線・新杉田駅から徒歩5分ほどの「杉田家」
いつもは2店以上の情報を掲載しているが、今回は、吉村家からのれん分けした直系店、第1号店の杉田家にて、あらためて「家系ラーメンとは何か」を知るため特集する。じっくり読んでいだけると幸いだ。
そして、今回から「~横浜の家系ラーメン全店制覇への道~」の取材を進めるのはこの男。

俺はラーメンを誰よりも愛しているんだ

愛しているんだ
編集長・吉田が突撃です。
家系ラーメンとは
「○○とは」という概念を語るのはとても難しい。難しい上に語りすぎると他者を極端に排斥するような結論を出してしまう。なので、あくまで「ご自身の私見として」店主の津村進(つむら・すすむ)さんにお答えいただいた。

何を聞いても絶対笑顔で回答。でも少し緊張感が漂う。これが「オーラ」ってやつか
「ズバリ、家系ラーメンとは・・・何でしょう? お店の特徴など具体的な答えをお願いします」、そう伺うと、少し間をあけ、津村さんはこう答えた。
「そうですね・・・。いろいろありすぎますが・・・。まず、あくまで自分の考えですが、白いねじりタオルに白いTシャツ、白いズボンで“全身白”の服で営業をしていること。いわゆる“昭和”のイメージのお店ですよね」
「あとは、手間を惜しんでいないこと。たとえば、麺を調理する器具でいうと、一玉ずつ麺をゆでる“デボ”ではなく“平ざる”で麺を茹でること。“デボ”だと確かに楽なんですけど、麺がどうしてもくっつきやすくなってしまいますよね・・・」

デボを振るしぐさをする津村さんを見て「ですよね!」と勢いだけの相槌を打つ吉田
味については??
「よく“とんこつ醤油のスープ”が家系ラーメンだ、と言われますが自分はそうは思っていません。逆です。“醤油とんこつ”です。ウチのラーメンもそうですが“ガツン”とキレのある味で、クセになって“明日も食べたい”と思ってもらえるようにしたいと考えて作っています。醤油の味を邪魔してしまうとんこつスープは失敗作ですね」
なんと・・・「醤油とんこつ」! 確かにドシっとパンチのある味わいは醤油味の強いラーメンにしか実現できない。津村さんの言葉に触発された吉田の顔に「ラーメン食べたい」という文字が浮かんでしまったようだ。
「まあ、まずはラーメンを食べてみてください。それから店の話も詳しくしますので」
優しい・・・優しい津村さん! お言葉に甘えて、さっそく実食させていただくことにした。

午前11時30分。写真左は通行人だが、右は杉田家に並ぶ人々

行列最後尾にはラーメンコンサルタントのマーコ氏が。神出鬼没!

毎日通う常連客も多い

15分ほど並んで入店。席の誘導もてきぱきしておりオペレーションもよさそう

注意して見たことがなかったけど、本当、平ざるだ

1日800杯、多い日は1000杯以上出るスープの寸胴は頻繁にかき混ぜられている

麺は酒井製麺の特注麺

これも“昭和”の風情。食券機
杉田家は1999(平成11)年創業。津村さんは吉村家が今の店の向かいに吉村家があったころに修行をし、免許皆伝を受け独立。
横横家が移転し、環2家のオーナーが変わってしまった今や市内に存在する直系店は末廣家と杉田家のみだ。そのへんについて、どう思っているのか、またあとで聞いてみたい。

ゴクリ

「俺はアイヌネギ(行者ニンニク)を入れるんだ!」と吉田が息巻いている
「ガツン」とくる味

ほどなくして登場。まずはラーメン(650円)
まずは普通のラーメンを一瞬にしてたいらげたマーコ氏と吉田。
普段は「あまりトッピングをしない」という二人のコメントを聞き、津村さんが特別にトッピングのチョイスをしてくださった。

ネギ&のり&タマゴ(870円)

キャベツ&のり(790円)

九条ネギ&チャーシュー&のり&タマゴ(1020円)

マーコ氏が「ネギ」で吉田氏が「九条ネギ」

「ガツン」とくる。「ガツン」。これがいいんだよ

そう言って吉田はライス(150円)もオーダーした

チャーシューの切れ端を使った「まぶし」はライス(150円)を頼む人の8割がオーダー

んんん

めええええ

「完まく」ってやつですよ、とドヤ顔

ものの15分。ごちそうさまでした
すごい勢いで完食した吉田とマーコ氏。「美味い」というのは見ていて分かったが、感想はいかに。
<吉田氏>
美味い。直系店の中でも醤油が「ガツン」と効いている。杉田家はその「ガツン」とした感じを最大限に味わうため、トッピングなしでいただくのが「杉田家そのものの味」が生きてベストだと思う。トッピングするならキャベツが合う。
<マーコ氏>
まさにThis is 直系。ガツンとくる醤油感、分厚い鶏油感そして酒井製麺のモチンとした麺がもはやレンゲと箸を止まらなくさせる!
杉田家の味
ラーメンを2杯以上食べたうえにライスまで平らげたにもかかわらず「まだ食べたい」という吉田をいなし、津村さんに改めてラーメンの味について話を伺った。

長時間ありがとうございます
「よく家系ラーメン店は日によって味が変わる、と言われますけど、うちももちろん変わります。でも、その“ブレ”はあくまである程度の“ストライクゾーン”に入っているというものなので、正確に言うと“味を変えている”わけではないですね」
津村さんがラーメンの味を出すうえで大事にしているのは「手間を惜しまないこと」。これに尽きるという。
「仕込みは午前1時から下準備を開始し、本格的に始めるのは午前2時半から。開店の5時までにスープを仕上げます。スープはガラの量を多く使い、絶えず煮ます。煮立ったらガラを出し、また入れる。そのピークの状態を維持しなければならないので、ちょっと効率は悪いかもしれませんね」

「圧力鍋を使っても美味しくできるんですけど・・・何か違うんですよね」
さらに、直系店ならではのスープの味=「ガツン」とくる味の秘訣についても話してくださった。
「チャーシューは焼き、絶対に煮ません。下味をつけて焼く。煮たチャーシューは醤油の味を吸ってしまうので、スープが薄くなるんです。さらに、ウチのチャーシューは燻製っぽい香りがしますよね? あれが醤油の味をキリっと引き立てるんですよ。これがコツ」
な・・・なるほど!! 杉田家のあの「濃厚」で「ガツン」とくる醤油の味には煮豚ではなく、焼いた豚が欠かせなかったのか・・・!

「ガツン」にはちゃんと理由があったんだ・・・

津村さんは颯爽と店内に案内してくれ、チャーシューを焼く器械を見せてくださった

S字のフックに吊るして焼く
さらに、ここでマーコ氏が珍しく鋭い質問をし、津村さんが困ってしまった。
「杉田家のラーメンは鶏油の深みとパンチも普通と違いますよね。何か工夫をされているのでは・・・?」

「やだなあ・・・マーコさん・・・何で分かるのかなあ・・・」と津村さん
しぶる津村さん。前のめるマーコ氏。前のめるマーコ氏。前のめるマーコ氏。
「もう・・・仕方ないですね(笑)。少しだけお伝えすると、ウチは複数の部位から出る鶏油を寝かせ、ブレンドしているんです。気候によって水分含有量が変わるので配合は都度調整しています」

手間、かかってるなあ・・・
「正直、薄利多売かもなあ、と思うこともありますが、それでもいいんです。お客さんと従業員が幸せになってもらえれば、それで幸せですから・・・」と終始丁寧な言葉遣いと謙虚さを忘れない津村さん。
ここで、津村さんについて、もう少し話を聞いてみたい。実は、津村さんは有名大学を卒業し、バリッバリの商社マンだったが、そこからラーメン店主へ転身したという異色の経歴の持ち主。図々しく質問する取材班にも笑顔で対応し、吉村家での修業時代の話を聞かせてくださった。
津村進のラーメン人生
津村さんは千葉県出身。大学卒業後、インドネシアやタイなどに赴任する商社で営業職に就く。3社ほどを経験し、ある日突然「ラーメン屋をやる」と「ふっ」と思ったそうだ。

「本当に、ふっと思ったんです」
会社員時代からラーメンが大好きで、友人に連れられ「吉村家」に足を運んだとき「なんだこれは!」と衝撃を受けたことを今でも覚えているという。
そんな吉村家へのリスペクトもこめ、30歳のころ、津村さんは千葉県船橋市に「ラーメンまるよし」を開業。「まるよし」の「よし」は吉村家の「吉」から名付けた。
しかし、勢いで店をやってみたものの、当時は「全然お客さんが来なかった」という。あまりにお客さんが来ないので「ギョーザ」「チャーハン」「タンメン」「広東麺」とどんどんメニューは増え「最後には普通の中華料理店になっちゃった」そうだ。

意外な過去。失敗があって今があるんだなあ
ラーメンは売れても1日50~60杯。お客さんも入らない日が続き「これではいけない」と一念発起。店を閉め、かねてからの憧れだった吉村家の門をたたく。2度面談で落とされるも、粘りに粘り3度目の面談でようやく修行をさせてもらえることになった。これが32歳のころ。
修行時代は厳しい日々だった。「教わるのではなく盗め」というスタイルでの修業。しかも給料はなし。時にげんこつが飛んでくることもあった。「時代だったからねえ」と津村さんは当時に思いをはせる。
「吉村社長からある日“独立するか? するなら死ぬ気でやれよ”と言われたんですよ。もう、毎日生活もギリギリで本当に綱渡り。でも、やろうと思いましたね」
約1年間の修行を経て、1999(平成11)年、この地に店を出すこととなる。吉村家で修業をし「きちんと「のれん分け」の許可が出たのは「杉田家」が初。当時は「石川さん」という共同経営者がいたそうだ。

免許皆伝の証と家訓
アルバイトを雇う余裕もなく、津村さん夫妻と石川さん夫妻の2家族経営。やがて石川さんが独立。石川さんは「ときわ家」などを立ち上げた方らしい。
杉田家がオープンした直後、向かいにあった吉村家は西区南幸に移転。杉田家のオープン時には吉村家からタレとスープを受け継ぎ、また吉村家が移転した時には杉田家はタレとスープを渡したそうだ。

吉村家があった場所は今、駐車場になっている
今と同じ営業スタイルになったのは2005(平成17)年ごろ。「いつも、いつ終わりになるのか分からないという心境だった」と津村さんは話す。
「自分は人に恵まれているんです。店を一緒にやってくれた妻は人に好かれやすい性格なので、それでもずいぶん救われました。2011(平成23)年1月27日、2号店として千葉に店を出したんですが、直後に震災があり、店は営業ができなくなったんです。その時も苦労しましたよ。味のブレがなかなか、直らない。でも、従業員はほとんど千葉に残り、店を立て直してくれました。本当に感謝しています」、そう目を細めた。
ちなみに、津村さんは昔の吉村家についてこんなことを教えてくれた。
「吉村家のどんぶりはね、昔は“青磁”を使っていたんですよ。白いとんこつスープに関東風の醤油ラーメンを合わせたらうまいのでは? とはじまったのが吉村家だから。その後じょじょに味を改良し“醤油とんこつ”に変え、スープの色合いと合うように黒いどんぶりを使うようになったんです」

最初は「とんこつ醤油」だったんだ・・・
「吉村社長に教えられた一番大事なことは、技術ではなく“人に対する気遣い”。人として恩を忘れず、お客さんをはじめ社員や関係者を大事にする人がらが大事だと思っています。“杉田家”は自分の店ではなく“杉田家”。従業員やお客さんがいるからこそ成り立つ、みんなの店なんですよ。それがあるだけでいい」
そう語る津村さんに、今後の家系ラーメン店について、どう思うか伺った。
家系ラーメン店の今後
「誤解を恐れずに言うと、ラーメンは庶民の食べ物。そして“美味しいラーメン”はたくさんありますよね。大手は敵、とかではなく、個人店はもっと個人店らしく個性をだしていかなければならないな、と感じます」
「あと、直系店が次々に閉店していることについてですよね。うーん、危機感みたいなものはありますね。杉田家が本当に“昭和のラーメン屋”であり“直系店”として本場の違いをお客さんに感じてもらう、という責任があると思っています。そのためには“人が面倒だ”と思うことでも、手間をはぶかずやり続けることが大事。でも、これって自分でも思いますけれど、なかなか難しいことなんですよね・・・」
確かに、その通りだと思う。これからも、ラーメンファンの胃袋をあたため続けてほしい。

津村さん、ありがとうございました
―全店制覇まで残り28店舗―
※上記軒数は現段階で調査できた店舗数となります。開店・閉店・発見により軒数が変動する場合があります。
※現在家系図は調整中で、12月中旬ごろ一新する予定です。
―続く―
取材協力
杉田家
住所/横浜市磯子区新杉田町3-5
電話/045-776-2155
営業時間/5:00~翌1:00
定休日/日曜

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